僕が高校受験の数ヶ月間をほとんど覚えていないのは、自分が人一倍敏感な特質をもつ証なのかもしれない

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寒くなる時期に入り、中学3年生や高校3年生はそろそろ「進路」を意識する季節になっています。僕が関わる子どもたちも早々に次の進路を確定させた子もいれば、まだまだこれからどういう選択を取るか頭を悩ませる子もいます。

ところで、中学3年間不登校だった僕は、高校の進路は早々と「全日制」と決めていました。学校に行かないのは中学3年間だけ。中学受験に失敗して地元の中学に進学したのが良くなかった。だから高校からはきちんと通おう、と思っていました。

しかし、進学先の単位制高校は教員が生徒を力ずくで押さえつけるような、そういった教育方針の学校でした。まだこの当時気がついていませんが、人が怒られているのを目の当たりにするのが本当にだめな僕にとってそんな学校が天国なわけがありません。

入学前の事前ガイダンスの時点で学校に馴染めず、そのうえそういった僕の態度を学校側が問題児のような扱いをしたこともあって結局再び1週間で不登校になり、梅雨の時期には退学して通信制高校へ転入しました。それがいまや現在の仕事につながっているわけですから人生はわからないものです。

さて、僕はたしかにその単位制高校を受験して合格しています。しかも(退学間際に知らされたのですが)どうやら成績優秀者クラスに入っていたようだったのです。

にもかかわらず、僕はこの単位制高校を受験した数ヶ月の記憶が、ほとんどありません。

はっきりと覚えているのは、どうしてもこの学校に入りたくて、願書を受付初日の開始時刻きっかりに一番乗りで提出したことぐらいです。おかげで受験番号は1番でした。面接試験で名前を聞かれ「はい、受験番号1番の山本駿です」と胸を張って答えたような、そんな記憶もうっすらあります。

それ以外の記憶は、正直ありません。

たとえば受験科目が何科目あったのか。これはこの学校の過去問を見ればわかりそうですが、国語と数学と英語、あと理科と社会もやったかな?というレベルで曖昧です。そのほか、受験当日どのような手段で学校へ向かい終わってからどう帰宅したのか、肝心の合格がわかった瞬間も記憶にありません。

もっといえば、受験に向けてなんの科目をどう対策したのかもぜんぜん覚えていないのです。僕はこの職業に就いていながら中学数学ですらあやふやなところがあるので(!)、なんで自分があのとき成績優秀者クラスに入ることができたのか、10年以上経た今もなお理由がよくわからないのです。

たまに「受験はどうしたんですか?」と聞かれることがあります。一応ここまで書いてきた経緯は簡単にお話しますが、だいたいは「覚えていません」とお茶を濁します。それは、話したくないとかそういう意味ではなくて、本当にその時期の記憶を思い出したくても思い出せないのです。

前述しましたが僕は高校受験の3年前、中学受験に挑戦しましたが失敗しています。

それも学力試験は通ったのに、国立の中学校に取り入れられている「抽選」というシステムで落とされました。この経験があって今があるのは確かなのですが、正直未だに納得はいっていないですし、死ぬまで納得がいかないことだろうと思っています。

そして実は、この中学受験の記憶はいまだにハッキリと残っています。高校受験の3年前のことにも関わらず、です。

学校説明会に行こうとして間違えて違う校舎に行ってしまい駅からタクシーを飛ばしたこと。「国庫入庫金」という聞き慣れぬ言葉。作文試験で伯父とそっくりな祖父の話を書いたこと。そしてなにより、抽選で外れたことを悟った瞬間の気持ちと、正式に不合格が確定した瞬間会場で崩れ落ちたこと。

国語→算数→理科→社会と、4日間で4科目を毎日1時間ローテーションしてワークを解く受験勉強をしていたことも覚えています。さらに、学力試験の帰りに、駅から家まで歩いている途中不注意で道端に生えていた木の幹に思いっきり頭をぶつけるという、割とどうでもいいことまで記憶にあります。

中学受験の失敗は僕の人生ではじめての大きな挫折でした。学力試験で散っていたならまだ諦めはつくのですが、抽選という要は「運の無さ」で受験の失敗が確定する屈辱は今も忘れられません。しかし、どういうわけかこの中学受験の顛末は、20年近く経ついまもよく覚えているのです。

12歳の中学受験のことはハッキリ覚えているのに、15歳の高校受験はなんでこんなにも記憶にないのか。これもまた自分でも不思議に思っていました。

もしかしたら、この記憶にない原因が僕の人一倍敏感な特性「HSP」(Highly Sensitive Person)にあるんじゃないか、と思い始めたのは、この夏ぐらいのことです。

きっかけは、とある本に書いてあったこの一節でした。

たとえば、虐待されて育った、性的虐待を受けた、激しいいじめ、大切な人の死、つらい病気や障害など、過酷な刺激を自分で受けとめきれないような場合、感覚をシャットダウンしてしまうメカニズムが働くのです。これが「解離」です。感覚を遮断してしまわないと、自分自身を保てない、生きていくことができなくなるからです。

引用:長沼睦雄(2019)『10代のための疲れた心がラクになる本: 「敏感すぎる」「傷つきやすい」自分を好きになる方法』誠文堂新光社 P61-62

この「解離」は解離性障害という名で心療内科などで診断されるものです。僕はこの時期には心療内科にはかかっていないので素人判断にはなるのですが、読めば読むほど解離のなかのひとつ「解離性健忘」という症状が、高校受験前後の僕に大きく当てはまっているような気がするのです。

実際、HSPやHSC(Highly Sensitive Child)の人の中には、大きく刺激を受けすぎてこの「解離」という状況になるケースがあります。長沼睦雄『子どもの敏感さに困ったら読む本: 児童精神科医が教えるHSCとの関わり方』(誠文堂新光社)には解離によって別人格になった子どもの事例も取り上げられています。

振り返れば、とくに高校入学後の自分は毎日が刺激まみれでした。着慣れない制服を着て朝早く満員電車に揺られ、学校に着けば教師の厳しい目に晒される。冒頭に書いたようにその学校は教員が生徒を力ずくで押さえつけるような学校でした。怒鳴り声など珍しくもなんともない学校でした。

もう何度もこのブログで書きましたが、入学後すぐの宿泊研修の夕食時、タバコを吸った生徒がいたので強制送還した報告を真面目に聞いていなかった生徒が、生徒指導教師にマイクを通して「静かにしろ!立てコラ!」と恫喝まがいの説教を僕たちの目前ではじめたこともありました。

この説教で、自分がとくに怒られたわけでもないのに帰りたくなり「しんどかったら帰ってもいい」という担任にそれを申し出るとそこから2時間「もうちょっとがんばれ」と、ほかに宿泊客もいる旅館のロビーで押し問答になりました。明らかに途中離脱を申し出る僕を問題児する扱いでした。

数ヶ月前、ひとりで学校見学に訪れた僕に「不登校の山本くんがひとりで来てくれた!」とそれはそれは歓迎してくれたあの学校の姿は、そこにもうありませんでした。その歓迎をすっかり信用していた僕は、この学校に居場所なんてないと気づいた瞬間に高校受験にまつわる記憶をすべて消したのかもしれません。

ただでさえ「他人が怒られる状況が苦手」「怒鳴り声がしんどい」のに、日々何かしらについて厳しく注意してくる教師がいる環境が合うわけがありません。あまりに厳しい声に晒されすぎたせいで、どこかで「自分が自分でなくなっていた」ことは間違いないと思っています。

中学受験の失敗は、とくに誰かにきつく叱責されたわけではありません。そこが高校受験のことと大きく違っています。だからこそ、中学受験のことは帰り道のことまで事細かく記憶していて、高校受験のことは受験日のあらかたの記憶がすべてないのでしょう。

繰り返しますが、不登校だった山本さんは高校受験どうされたんですか?と尋ねられると、たいてい「覚えていません」と返事します。それは思い出したくても思い出せないからなのです。いつもそんなことを聞かれるたび、この「記憶がない状態である」ことを、質問者に非常に申し訳なく思います。

なにも、あまりにトラウマ過ぎて話したくないわけではない。僕がちょっと悪魔の心を持っているのであれば、確実に高校や教員の実名をここで堂々と出して「あそこだけは絶対に受験しちゃいけない」と言っているに違いありません。正直、それくらいいまだに恨みを持っているところはあります。

不登校の子どもたちにとって「進路」というのは大きな課題です。とくに中学3年生ともなれば高校に進学するのか、それとも高校に行かないという選択肢をするのか、本人はもちろん保護者のほうにとっても不安でしかない家庭も多いと思います。

そんな方々に、高校受験のことを自分の記憶がほとんどないせいでうまくアドバイスできないのが非常に歯がゆいです。いまこうして生活していることに後悔はたいしてないですが、強いてあげるならこうした面の後悔は少しあります。

ふりかえってみて、僕の経験から高校受験に対してアドバイスを送るとしたら、「学校説明会で見せる学校の姿は、本来の姿ではないのかもしれない」ということなのかもしれません。この冬から春にかけて、ひとりでも多くの受験生が希望の進路へ進めることを、この立場から強く願っています。

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山本 駿

山本 駿

子どものころより人一倍敏感な特性を持ち、中学3年間を不登校で過ごす。大学卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画し、現在は通信制高校教員を両立しながらTRY部や不登校講演事業を中心に担当。HSP(Highly Sensitive Person)特有の繊細さを活かし、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。