不登校だった僕の高校受験体験談―通信制高校編 その1

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2週間前よりつらつらと書き続けている、僕の高校受験+高校デビューのお話。

前週まではいかにして僕が高校受験と言う壁を乗り越えて高校デビューに大失敗し、心に深い傷を負ったかを書いてきましたが、今週からは後に卒業することになる「通信制高校」について書いていきます。

僕はこの通信制高校に出会えて本当に感謝しています。命を救ってもらった、とすら考えている節もあります。それくらい、通信制高校と言う選択肢がなければ、今自分がどうなっていたかまったく見当もつきません。そんな「通信制高校」に、僕はいかにして出会ったのでしょうか。

なお、過去にいくつか通信制高校についてのトピックを書いていますので、そちらもぜひご覧ください。

わたしの成功体験(中高編)Vol.1―あの日の挙手が、成功の始まり。
最近気になる教育ニュースvol.2―今注目の「通信制高校」

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話は、中学3年の秋に戻る。

僕が中学のときお世話になったフリースクールに、同級生は自分合わせて3人いた。1人は料理人になりたい、と調理師コースがある高校を志望し、もう1人は通信制高校に進学すると言い出した。

でも僕はこの頃、通信制や定時制の高校に興味もなく、むしろ激しい抵抗を感じていた。

というのも、その1で書いたように、不登校生活は3年間でサヨナラして、高校からは全日制で週5日しっかり通いたいと思っていた。それは、自分の不登校の原因が「中学での人間関係がうまくいっていないから」と感じていた節があったからだ。実際、クラスメイトや同級生の中には、あんまり馴染むことができていなかった。

でもそれは間違いで、本当の僕の不登校の原因は「学校と言う環境がそもそも自分に適合する場所ではなかったから」だった。その結果、背伸びした僕は全日制の高校を専願受験で合格し、心に深い傷を負うこととなった。

それでもなお、通信制は「不登校の生徒が通う場所」だと思っていた

高校で教師に大きく裏切られ、家から一歩も出ない生活に逆戻りしてもなお、通信制高校に大きな偏見を持っていた。なんでまた今更不登校が集まる場所行かなアカンねん。でも、今更別の全日制の高校を受け直すわけにはいかないし、留年と言う道もまた考えづらい。

あの学校にまた復学するのは嫌だ。かと言って、毎日こうして死にたい気持ちを抱えたまま一歩も外に出ない日々が続くのも、嫌だ。

いま、この現状を打開するには、「通信制高校への転入」と言う選択肢以外、残されていなかった。

重い腰を上げて、親とともに通信制高校の説明会に参加する。それからすぐに願書の提出や転入の手続きに取り掛かった。また試験を受けなければならないのか、今度はさすがに自信がないぞ、と思ったら、転入に際しての試験は面接だけであると通知され、思わず安堵した。

こうして僕は新たな扉を開いた

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面接で、僕は何をどう聞かれたのか、話したのか、正直覚えていない。小さい個室に、目の前に校長先生ともうひとりの先生が面接官として座っていた。「もうひとりの先生」は後に僕の担当の先生となり、今でもなおたいへんお世話になっているのだが、よく考えればあの日なんであの先生が面接官だったのかは、知らない。

例の一件があってから、僕は学校の教師というものにひどく失望していた。でも、面接後すぐ「ヤマモトくんの入学を許可します」と校長先生直々におっしゃったので、知らず知らずのうちに「この2人なら何でも話せる」とでも思ったのだろうか。とにかく、通信制高校への転入が決まった瞬間だった。

ちなみに入学説明会のとき、僕はたまたまとあるキャラクターが背中にプリントされたTシャツを着て参加していたのだが、先生もそのキャラクターが好きだったらしく、説明会を後ろからこっそり様子をうかがうとそのキャラクターが目に入ったようで、「おっ!」と思っていたらしい。

これが、高校1年の5月の末のこと。前の学校ではほとんど授業に出ていない状態だったので、6月頭から7月半ばの試験までにクリアできる出席数の授業を中心にカリキュラムを組んで、まさかあると思わなかった「人生2度目の高校デビュー」を飾ることになったのだった。

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今回は「僕と通信制高校との出会い」について綴ってみました。

いま、不登校だったり学校が苦手と感じている受験生はたくさんいると思います。そんなみなさんに、ぜひこの「通信制高校」をオススメしたい、と思います。どういうシステムやカリキュラムがあるかについては、通信制高校編その2で僕の実体験と共にご紹介したい、と考えています。


 
 

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山本 駿

山本 駿

NPO法人D.Live スタッフ / 高校非常勤教員(社会科) 京都出身。中学3年間不登校。岐阜県内の大学を卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画。主にTRY部や不登校講演事業を担当しながら、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。