不登校だった僕の高校受験体験談―高校選び失敗編 その2

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受験シーズン到来ということで、先週より中学3年間不登校だった僕がいかにして高校と言う壁に挑み、どのように高校生活のスタートを切ったのか、について連載コラムを書いています。今回は僕が高校選びに失敗してどん底に落ちるまでの顛末の続き。

お手数ですが、必ず その1 をお読みになってから、このエントリをお読みください。

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「先生、もう無理です。帰らせてください」

「しんどくなったら帰っても大丈夫だから」。研修に行く前に担任にこう言われてなかったら、そもそも僕はこの場所には絶対いない。だから僕は担任に限界を告げた。

しかし、担任は「はぁ?」の一点張りだった。

おかしい、話が違う。「そんなしんどいなら、風呂はみんなと一緒に大浴場じゃなくてひとりで部屋の内風呂使っていいから、次の時間も出るように」と言われる。そんなことを頼んでるんじゃない。緊張の糸がプツンと切れた。

僕は涙した。それも、他の宿泊客がぞろぞろと通る、ホテルのロビーで。

何事だと言わんばかりに担任はもちろん、学年主任、副担任、保健教諭が次々ロビーに集まり僕を取り囲む。さっき大声を張り上げた件の生徒指導教師も来た。そこで「帰らせてください」「いやそれは許さん」「もう無理です」「何を言ってるんだ」の押し問答になった。

そうこうしてる間にも他の客が目の前を通る。みんな白い目を向ける。そりゃそうだ、大人数人に囲まれて高校生、しかも男子がメソメソしているのだ。よく見ればジャージにも名前が入っている。なんで僕、別室にも連れていかれることなく公衆の面前でこんなことになってるんだろう。

ますます惨めな気持ちになった。

「この場に自分の味方なんて誰もいないんだ」と悟った、担任の一言

そもそも、さっき食事会場で生徒指導の教師が大声で怒鳴りつけたのは、「隠れてタバコを吸った生徒を強制送還した」報告中に誰かがひそひそ話していたからだった。押し問答に遭いながら、僕はここで堂々とタバコを吸えば晴れて自由の身だ、ここから逃れるにはそれしかない、とすら思った。

よっぽど僕に対して業を煮やしたのか、最後は校長が出てきた。僕の答えはそれでも変わらない。ついに教師側が観念して、「わかった。じゃあ親御さんに連絡して迎えに来てもらおう」ということになった。気が付けば、ロビーで押し問答になって1,2時間は経過していた。

荷物をまとめて迎えに来た親と合流し、担任が見送りについてくる。僕はそこで「先生すいません」と一言涙をぬぐいながら謝った。やっと解放されるという安堵感もさることながら、僕はそれでも心のどこかで、ここまで先生に多大なる迷惑をかけてしまったことを悔いていた。

でも担任は僕の謝罪に対して冷たく「謝るなら最後までがんばれよ」とあしらった。

そこでようやく、これまでずっと最後の味方のひとりだと思っていた担任が味方じゃなかったこと、そして同時に「ああ、ここには誰も自分のこと分かってくれる人なんていないんだ」ということに気づいた。担任に裏切られる、というのは生徒にとって辛くて辛くてどうしようもない気分になることも知った。

ちなみに横でそのやりとりを聞いていた母はそのときこそ無言だったが内心ではよほど腹が立ったらしく、後日「うちの子になんてことを言うんですか?」と担任にクレームを入れたらしい。その事実だけで僕は少し救われた気分でいた。

あの日、僕は教師にとって「問題を起こした生徒」だったのだ

前回のその1の最後、この学校の教師を「とにかく何か問題を起こした生徒には力ずくでむちゃくちゃに丸め込もうとする教師たち」と表現した。教師は生徒にとって絶対的な存在、とにかく無理繰り従わせる「恐怖政治」に近いものがあった。そこで気が付いたことがある。

僕はあのとき、たぶんタバコを吸った生徒とほぼ同列扱いされていた。

タバコを吸った生徒こそ「強制送還」という明らかな処分が付いているけど、研修に精神的に耐えられなくなって帰りたいと申し出る生徒(僕)もタバコを吸って校則違反を犯した生徒と同様、教師たちは「問題を起こした生徒」という認識でしかなかったのだろう。

確かにどちらも集団の輪を乱す行動であることは間違いないし、問題を起こしていることは認める。上下関係が厳しい世界など、こういうことは当然なのかもしれない。だけど、明らかな校則違反を犯した生徒と同類にされたのは、未だに納得がいかない。

その後、研修の次の登校日こそ行ったけど、そこでも体育教師が超上から目線で注意する瞬間に出くわした。アクビをして注意された生徒が、体育教師に「授業を『受けさせてください』」と言わされていた。確かに怠けてた部分はあっただろうが、なんでそこまで言わせる必要があるんだろう、と思った。

その翌日から、ついに僕は一歩も部屋から出られなくなってしまった。

何度もいろんな人に「あんなところ行かない方がいいよ」と言われた。しかし、学校を辞める、ということは決して安くないお金で揃えた制服や体操着、通学カバン、定期代、そして何よりも学費が全て無駄になることを意味する。そこがどうしても引っかかった。やめるなら、全額返金してほしい気分だった。

結局、「この学校を辞める」という新たな扉を開く決心をしたのは梅雨入りするころだった。決心まで葛藤する毎日はまさに「生き地獄」そのもの。何度「死にたい」「死のう」と思ったかわからないし、ほんの少し世界が違っていたら、間違いなく今頃僕はこの世の中には、いない。

退学する、となれば、折角一緒になったクラスメイトと別れることにもなる。まあ、言うほど仲良くなった訳ではないが、別に他のクラスメイトに嫌がらせされた訳もなく退学するので、正直ここの未練もかなりあった。友達が欲しかった、というのもある。

最後、ロッカーのカギを返却するときに、ついでにクラスメイトへの手紙を添えて書いて返却した。だけど、あの学校のことだから、手紙も読まれずにゴミ箱に投げられたんじゃないか、と思う。

不登校の受験生のみなさんへ:「背伸びをしない」、ということ

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僕は「背伸び」をして、高校デビューに大失敗した。

今にして思えば、学校環境に馴染めず中学3年間不登校だったのに、その馴染めない理由が分からない限り、いくら入試に合格して高校生になったからと言って劇的に学校環境に適応する訳がない。それがいくらクラスメイトも校舎も先生も変わったとしても、だ。

もちろん、僕が単に学校選びにおいて大凶のカードを引いただけであって、他の人ならすんなりと学校生活に溶け込めていた可能性は十分にある。でも、新しい環境に溶け込むために「学校が苦手」と言う自分を殺すのは、できれば避けた方がいい。必ずどこかで反動がやってくる。

もし、学校環境に溶け込めるかが不安で高校進学を迷っているのならば、ぜひともオススメしたい高校がある。また長くなってしまったので、来週以降のコラムでじっくりご紹介することにしよう。受験シーズンが終わる前にこのコラムが完結するよう、がんばります。

追記:続編をアップしました! こちら からどうぞ。


 
 
 

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山本 駿

山本 駿

NPO法人D.Live スタッフ / 高校非常勤教員(社会科) 京都出身。中学3年間不登校。岐阜県内の大学を卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画。主にTRY部や不登校講演事業を担当しながら、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。