不登校だった僕の高校受験体験談―高校選び失敗編 その1

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ここ最近、TRY部でほぼ毎回耳にする会話。

「なあ、滑り止めの私立、どこに決めた?」
「○○高校にしようと思ってる」
「えー、決めたんや!オレまだ決まらへんねん・・・やっぱやばいよなぁ」

TRY部には今、受験生の生徒が毎週授業に参加している。いよいよすべてが決まる冬の訪れ。後悔と失敗を何としても避けるべく、彼らは今受験に対する不安でとてもナーバスな状態になっている。

きっと今、同じことを思っている不登校の児童・生徒・保護者の皆さんもとても多いと思う。僕自身もそんな不安を乗り越えた人間だ。そこで、何度かに分けて、僕の高校選びや受験、そして高校デビューの体験談を書いていこうと思う。なお、一部過去にこのコラムで書いたことも登場するが、ご容赦頂きたい。

中学3年の冬、吸わされていたのは「甘い蜜」だった

以前書いたことがあるが、僕は1度高校選びでとんでもない失敗をした。

中学3年間不登校だった僕は、せめて高校だけは週5日しっかり通って充実させたいと考えていた。当時通っていたフリースクールで同級生が「通信制高校に行く」と言っても僕は通信制高校にはこのときまったく興味がなかったので、高校案内も購入し、いろんな学校を見学した。

そのなかでとある私立の全日制高校を見つけた。家から1時間ほどかかるその学校へは、2度見学に行った。最初は親が一緒だったけど、2回目は自分ひとりで行った。そこでの先生の対応はと言えば、「不登校の生徒がよくぞ1人で!!」というような、超歓迎ムードだった。

「いやぁ、よく来たね」ではじまって、とても親切に校舎の見学に付き合ってくれた先生方。中学の方にも「不登校のヤマモトくんが!」と嬉々とした報告が入ったらしい。3年間クラスメイトも環境も合わなかったけど、ここなら地元からほとんど進学しないだろうし心機一転がんばれるかもしれない。

気を良くした僕は、その学校を専願(=合格したら必ずその学校に通うこと)で受験した。実は受験にあたってどんな受験勉強をしたか、なにひとつ覚えていない。気が付けば受験当日だった。ちなみに一番最初に願書を出したので、受験番号は1番。

ペーパーテスト(確か国数英だった気がするが、これもよく覚えていない)と面接の末、結果は「合格」。しかも、後に聞くと成績優秀者だったらしい。「よくぞうちの学校を選んでくれた!」と言わんばかりの対応だったが、語弊を恐れずに言えば、このとき僕はこの学校に「騙されていた」。

「君たちは高校生なんだから、それくらいのことはしっかりしろ!」

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この言葉を浴びせかけられたのは、入学式の1週間くらい前にあったガイダンスでのこと。3月の20何日のことだった。いや、確かにこの言葉は正解なのかもしれないが、僕は少し違和感を覚えた。

一応中学の卒業式は終えていたが、まだ3月の時点では僕たちはまだ「中学生」と言う身分なのではないか。百歩譲って「もうすぐ高校生になる」というのならわかるが、まだ入学もしてないのに「高校生」と言い張るだなんて、この先生、何を言ってるんだ?

なんだかスッキリしない気持ちのまま入学式を迎えると、教師による「上からの圧力」は次第にヒートアップする。僕は初めての学校では必ず友達より先に「信頼のおける先生」を探すようにしていたのだが、ここではなかなか見つからないどころか、次第に教師への信頼を失くしていく。

そして完全にこの学校の全教師への信用を失くす出来事が、入学して数日後の「宿泊研修」だった。

裏切られた「宿泊研修」

そもそも研修会場の時点で変だった。場所は学校から1時間ほどのホテルなのだが、そこでまず今考えても非常におかしな注意を受ける。

「このホテルの客室にはベランダがありますが、そこで落ちて亡くなった生徒がいます。だからベランダでは絶対にふざけないように」

・・・こうして文章にしても意味が分からない。というか、仮に本当に事故が起こって亡くなった生徒がいたとしても、別にそこで亡くなった生徒を持ち出して注意を促す必要もまったくわからない。「ここ危ないんで気を付けてね」で十分じゃないのか。

既にこのとき僕は教師からの集中砲火が怖くて結局何も言い出せなかったのだが、今なら盾突く自信がある。「なぜ僕らはそんなところで研修しなきゃならないのですか?普通そういう事故があったら研修先変えますよね?」、と。

誇張を疑われそうだが、これ、実際にそう注意を受けたのだ。宿泊研修直前に新入生が全員体育館に集められて受けたガイダンスで。すっかり行く気をなくしたのだが、「クラスで自己紹介もするし、だめなら途中で帰宅しても良いから」と担任に無理くり引きずり出された。

たぶん、不登校気味のヤマモトをなんとかクラスに馴染ませてあげたい、と言うねらいがあったのだろう。それは理解する。だけど結果的に僕はここで「裏切られた」という気分を味わうことになる。

最初は楽しそうに見えた。先生の自己紹介や、先生が大福を食べて「ワサビたっぷりの大福を食べたのは誰?」という定番のクイズまで。それは良かったのだが、必ず終わると学年主任が何かしら注意する。その話聞く態度はなんだ、とか。それまでの楽しいムードが一気に壊れる。

さらに、ホテルでの宿泊研修の食事会場で、マイクを通してそれはそれは大声で「静かにしろ!なめとんのかコラ!」と怒鳴る生徒指導の教師。ホテルは貸切ではないので、たぶん他の宿泊客にもその声は筒抜け。その声を聴いた宿泊客とホテルの従業員は、一体どんな感情を抱いただろうか。

このとき怒られたのは僕ではないのだが、とにかく何か問題を起こした生徒には力ずくでむちゃくちゃに丸め込もうとする教師たち。もう限界だった。夕食後、僕は担任に「もう帰らせてください」と言った。今思えば僕はこのとき担任が最後の砦だと思っていた。

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「帰らせてください」と言った僕に、担任はどんな態度を見せたのか。そしてこの出来事から僕が学んだことはいったい何なのか。長くなってしまったので、そのあたりの顛末は その2 へどうぞ。

 
 

 

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山本 駿

山本 駿

子どものころより人一倍敏感な特性を持ち、中学3年間を不登校で過ごす。大学卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画し、現在は通信制高校教員を両立しながらTRY部や不登校講演事業を中心に担当。HSP(Highly Sensitive Person)特有の繊細さを活かし、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。