不登校だったぼくが、今この瞬間を生きるまで(後編)

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※このエントリを読まれる前に必ず前編をお読みください
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合格した高校の入学前ガイダンス。受験前に愛想よく対応していた教師の姿はそこにありませんでした。いや、姿はあったのですが、「鬼」に変貌していました。「君たちはもう高校生なんだぞ」。大きな怒鳴り声で生徒を力ずくで押さえつけるような教育が目の前で展開していきました。吐きそうになりました。

忘れられないのは入学してすぐの宿泊研修。夕食時、タバコを吸っていた生徒がいたことについて自分たちは何も悪くないのに説教され、しかも話している生徒がいるのを見つけるとマイクを通して大声で「静かにしろ!立て!なめとんのかお前は!」と怒鳴り散らす生徒指導教諭。

確かに喋っているのは良くない。けど、そんなマイク通して大声で怒鳴り散らす理由って、何?

苦痛以上の何物でもありませんでした。その後食べた夕食の味なんて、ひとつも思い出せません。

タバコを吸った生徒が強制送還された話を聞いて、ぼくは「タバコを吸えば家に帰れるんだ、この場から逃れられるんだ」と本気で思ったほどでした。タバコの煙が苦手なのですが、今までの人生の中であのときほどタバコを吸いたいと思ったことはありません。

そもそも研修自体、しんどくなったら帰ってもいいというので無理繰り参加したのですが、夕食後にこれ以上無理です帰してください、と言うと複数の教師と他の客もいるロビーで1時間以上も押し問答になりました。「一体どういうことだ?」と説教され、涙が出ました。最後には先生方が折れて、深夜に帰宅することになりました。

結局、授業開始1日目は何とか登校しましたが、翌日からまた家に出ることができなくなりました。余談ですが、この出来事が原因で、ぼくはどんな場であろうと「研修」というイベントに対して悪いイメージしか持てなくなってしまいました。

2度目の不登校。助けてくれたのは、自分をよく知る先生だった。

今度は成功体験の上に鼻をへし折られるような失敗体験だっただけに、ひと月食事ものどを通りませんでした。部屋にこもりながら食事もせず、「死にたい」と言う気持ちを抱えたまま朝を迎える日々。気が付けば、ゴールデンウィークも過ぎていきました。

転機はやはり、中学時代のほとんどを過ごしたフリースクールでした。ある日半ば無理やり呼び出され、家族にもたまには外に出なさい、と言われ重い腰を上げて電車に乗りました。駅に迎えに来てくれた仲間に、開口一番「お前、痩せたな・・・」と驚かれて、初めて自分が痩せたことを自覚しました。

フリースクールの先生には「あそこはお前の居場所じゃない」と諭されました。実は先生はぼくがその学校を受験するというのでわざわざ事前に見学に行かれていたのですが、見学を終えてからずっと「あいつは絶対あそこの空気に馴染めない」と見抜いていたらしいです。

でも、ぼくや家族がとにかくあそこに行きたいという気持ちが強く、どうしてもそれを言い出せなかった、とこちらが悪いにもかかわらず謝られました。そして、あの学校へのこだわりを捨てろ、今なら間に合う、通信制高校に転入するという選択肢もあるんや、このままやったらお前、マジで死ぬぞ!それでええんか!と言われました。

同じ「説教」であるはずなのに、100%責めるようなことばかり言われた高校の先生方と違い、温かくこれからのことを真剣に考えてくれているフリースクールの先生方。高校を選ぶときにあれだけ毛嫌いした「通信制高校」への転入は、それからあっさり2,3週間後に決まりました。

それからのこと。

転学した通信制高校では今でもお世話になっている恩師と出会うことができました。そこからさらに岐阜への大学進学、そしていまのD.Liveで活動する毎日・・・。たぶん、この道を進んでいなければ、いまのぼくは間違いなくありませんし、仲良くしている人たちにも会えていなかったに違いありません。

実は、岐阜の大学に進学して半年後にも危機がありました。慣れない一人暮らしに疲れ、夏休み明けに実家から岐阜に移動するのがしんどくなりました。休学と言う選択肢もちらつきましたが、結局家族や岐阜の友人の支えなどもあって、3週間後になんとか復帰することが出来ました。

このときは逆に休学しなくてよかった、と思いました。その後岐阜での生活にもすっかりなじんで、卒業後も1年ちょっと住むほどでした。

最初はあれだけ学校に行かないことを駄目なことだと思っていた家族は、今では逆に同じように不登校、登校拒否に悩む親御さんの相談に乗るようなこともしています。時折自分は一人息子なのにちゃんとした道を進まなくて申し訳なくも思うのですが、その度に「こういう世界を知れてよかった」と口を揃えて言います。

「こんな人生でいいのか?」と模索しているみなさんへ。いつか、必ずこの日々があって良かったと思える日が来るときがやってきます。ぼくも、学校に行かなかったことを後悔したときもありましたが、今はまったく思っていません。そして、これからもたぶん、後悔することはないでしょう。

そう考えると、強くなった自覚はないけど、10年前の自分と比べたら進歩してるのかな、という気がします。これまでの出来事、家族、出会った人すべてに感謝の心を忘れずに、これからも自分にできること、やれることをコツコツと積み重ねて、恩返ししていこうと思います。

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山本 駿

山本 駿

NPO法人D.Live スタッフ / 高校非常勤教員(社会科) 京都出身。中学3年間不登校。岐阜県内の大学を卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画。主にTRY部や不登校講演事業を担当しながら、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。