不登校支援は、たまごパックのようなもの―「120%傷つけない不登校支援」を考える

とある不登校支援団体が示した「不登校の子どもを学校へ戻す」という文言が大きな波紋を広げました。

「そんなの、絶対ありえない!」と現実からかけ離れた支援策に落胆する不登校の子を持つ保護者の方。「これはちょっと支援できないな」と苦い顔をする関係者。結局、数日後にはその文言が削除されるほどに炎上する結果となりました。

一口に不登校支援をする、と言っても生半可なものではありません。不登校支援はある意味、信頼関係の下成り立つサービスです。逆に言えば、いくら不登校の子どもたちを助けてあげようにも、保護者や子ども本人の信用・信頼がなければ、なんの意味もありません。

専門知識、足並みをそろえた対応、運営のチームワークなど、少しでもほころびを見せてしまったその瞬間、大きく信用を失うことになります。こうなれば最後、いくらそこを改善したところで振り向いてもらえる可能性は低くなります。信用できない場所に子どもを通わすわけにはいかないのは確かです。

かなり偉そうに書いてしまいましたが、これは弊団体が運営している不登校の子どもたち向けの昼の居場所「昼TRY部」でも同様のことが言えると思います。

今回のこの一件に関して、僕個人として書かせていただくと、「不登校の子どもを学校へ戻す」というかなり直接的な表現で方針を定めたことによって、子どもたちを傷つけるのではないか、預けるのは不安だ、というイメージを払拭するのは、かなり難しいのではないかという気はしています。

しかし、ここで同時にある疑問も浮かんでくるわけです。

「120%子どもを傷つけない不登校支援」って、本当にできるのだろうか?と。

不登校だった僕のフリースクールでの体験談、また進学した通信制高校でのお話はこのブログで何度も書いていますし、講演という形でお話もさせてもらっています。フリースクールも通信制高校も、今となっては自分の礎を築いた場所であることは確かですし、あの場所に通えてよかったと思います。

しかし、だからといってフリースクールや通信制高校の場で僕が大きく傷ついた経験がなかったかと言えば、答えは「NO」です。たぶん、楽しい思い出と同じくらいに傷ついたこともありました。

それは、子ども(生徒)同士のいさかい、揉め事はもちろんのこと、フリースクールのスタッフや学校の先生への不信感として表れたこともあります。一緒にフリースクールに通っていた仲間が、ある日からスタッフとして来たおじさんが受け入れられなくて、休みがちになったこともありました。

今ではたいへん感謝し、大学卒業の働き場所として求めるほど気に入ったフリースクールや通信制高校という場でも、残念ながらこういうことが当たり前のように何度もありました。「120%子どもを傷つけない不登校支援」がかなり難しいと思っているのは、こういう経験が元になっています。

不登校支援は、たまごパックのようなものだと思います。

たまごパックは、確かに安全にたまごを守ってくれます。しかし、ちょっと強い衝撃を加えると割れてしまうこともあります。自転車に載せていたたまごパックを取り出すと、いくら気をつけていたつもりでもひとつかふたつ中でたまごが割れちゃったという経験、みなさんもありませんか?

あのたまごパックでさえ、100%たまごを守りきるのは難しいのです。

それは、不登校支援もいっしょ。

たまごを運ぶときに、袋の中でなるべく衝撃がないような位置を探るように、不登校支援も子どもたちと大切に接することは基本中の基本です。しかし、子どもたちがいつ、どんな場面で、誰に、どんな言葉で傷つけられるかなんて、誰にも分かりません。

子どもたち同士のトラブル、スタッフの不用意な一言や行動はもちろんのこと、たとえばスタッフがその日欠席だっただけでがっかりする生徒もいます。

こんなことを書くとフリースクールの信用を失ってしまうことにつながる気もしますが、おそらく大なり小なり子ども同士が傷ついてしまうトラブルがまったくないフリースクールや不登校の居場所は、ないでしょう。ただそこで大事になってくるのが、きちんとそのトラブルに対応しているか否かという点です。

当事者同士で(スタッフも間に入って)話し合わせるのか。スタッフ内できちんと情報共有がなされているか。はたまた問題を放置するのか。120%傷つけられないのは不可能としても、負った傷を最小限に留めるような対応ができるかできないのかは、また別問題です。

そういった有事の際の動きに強い居場所が、「120%子どもを傷つけない不登校支援」に近いと、僕は思います。

たまに「傷つけない」ことを「なんでも受け入れる」と誤解される方がいます。

しかし、なんでも受け入れると、逆に対応する側にすぐ限界がきます。たとえば、高価なものを買ってほしいという要求はそうそう叶えられるものではありません。先日読んだ不登校の本には、なんでも買ってあげたり自由気ままに過ごさせるやり方は「やさしさの虐待」である、と断罪していました。

たぶん、こうしたやり方こそある意味「120%子どもを傷つけない不登校支援」になるのかもしれません。しかしそれでは、子どもはなんにも学ぶことがありません。とくに人間関係については、ぶつかりあって初めて成長するコミュニケーション能力だってあるわけです。

つまり、子どもたちを守ろう守ろうとしすぎるのも逆に問題なのです。

大事なのは、傷ついたあとの子どもたちのフォローです。どういう接し方が大事なのか、どうすれば信頼を得られるのか、不登校支援に従事するひとりとして、僕も常に考え続けていきたいと思います。

 

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    この記事を書いた人

    子どものころより人一倍敏感な特性を持ち、中学3年間を不登校で過ごす。大学卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画し、現在は通信制高校教員を両立しながらTRY部や不登校講演事業を中心に担当。HSP(Highly Sensitive Person)特有の繊細さを活かし、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。

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