「変わっている」と言われるくらいなら、学校なんか行かなくていい!

変わっていると言われてきた。

言われ続けてきたので、いつから言われたのかはあまり覚えていない。

小学生のとき、担任の先生に「田中くんは分からないです」と言われた。

そのときから、自分は人とは違うんだと、なんとなく思った。

でも、なにが違うのかよく分からなかった。

思春期だし、みんなと一緒でありたいと思っていた。

変わっていると言われるのは、悪口にしか聞こえなくて、なんだかバカにされている気がした。

親にも、「あんたは、変だ」と言われた。

そして、「やっぱり、AB型は、意味わからん」と続くのだ。

そのとき言われ続けたので、僕は血液型が嫌いだ。

血液型占いなんてものは世の中から消えてしまえばいい。

なにが天才肌。孤高の天才。独特だよ。

血液型だけで人をわかったふうに思うなって、いつもイライラしていた。

今でも血液型を聞かれるのは、イヤで、うんざりとする。

「変わっている」と言われても、自分では当たり前のことをしているので、なにが変わっているのか一向に分からなかった。

統一マニュアルがあれば、その通りにできるのに、そんなものはなくて、勝手にみんなが作ったアタリマエがある。

見えないアタリマエを必死で探るものの、全く見つからなかった。

探すのに疲れてしまい、「あぁ、もうめんどくさいな」と、思うようになった。

もう、なんとでも言うがいいよ。

放っておいてくれ。

うんざりだった。

「誰も自分のことなんて分かってくれないんだな」と思った。

中学生のとき。

野球選手になりたくて、中2のときに左打者に転向した。

少しでも慣れようと、利き手とは逆の左手で生活をすることにした。

ご飯もペンも歯磨きも、すべて左手で持った。

部活の顧問は、「意味ないと思うよ?」と失笑気味に言ってきた。

もう、いい。

僕は僕の道を生きる。

その頃には、「変わってる」と言われるのには慣れてきて、どうでも良くなっていた。

栄養学を学び、栄養価をずっと計算していた。

きな粉とゴマを持参し、白御飯にかけて食べた。

「なにしてるの?」と、同級生は真面目に聞いてきた。

「栄養あるねん」と言うと笑われた。

どうしてだ?

なぜ、笑われる?

僕には全く理解ができなかった。

栄養あるのに……

トレーニングもガッツリしていて、毎日学校にはダンベルを持っていった。

カバンには、2キロと1キロのダンベル。

そして、500グラムのベルト式の重りを入れていた。合計7キロ。

重たかった。

それでも、野球がうまくなるためだと思い、毎日のように持っていっていた。

あきれたのか、もう誰にも、なにも言われなくなった。

僕がやることは、自分なりに理由があってやっていた。

別に意味もなく白御飯にきな粉をかけていたわけじゃない。

なのに、みんなは「変だ」「おかしい」と笑う。

僕からしたら、全く理解ができない。

どうして、理由があってやっていることに対して笑われるいわれがあるのだろう。

「すごいね」と言われるのもイヤだった。

別に褒めて欲しくてやってるわけじゃない。

栄養があるから野菜を多く食べるのと同じようにきな粉をかけているだけなのに、「すごく努力をしている」みたいに見られた。

今で言う意識高い系かもしれない。

冗談じゃない。

ほんと、放っておいてくれよ。

誰にも迷惑をかけていないのに、どうして周りのやつらにヤイヤイ言われなくちゃならないんだ。

勝手に決められた「普通」なんて、こっちからしたら、知ったこちゃない。

自分がやりたいようにやってなにが悪い。

こうやって僕は、同調圧力の強い学校や日本社会がイヤになっていった。

どうして、みんなに合わせないとダメなんだろう?

どうして、自分が思っていることを自由にしちゃダメなんだろう?

みんなと一緒なんか、ほんとくそくらえだ。

知らねーよって思う。

自分が自分であってなにが悪い?

このときの怒りは、僕の中に今でも残っていて、生徒たちが同調圧力でやられそうになる話を聞くと、爆発しそうになる。

学校に殴り込んでいってやろうかと本気で思う。

変?変わってる?

それって誰の基準なんだろう。

誰が「普通」を決めたんだ?

珍しいってのは、トレーディングカードだと「レアカード」で価値がある。

芸能界もそうだ。

珍しい、人と違っているからこそ価値がある。

実は、今の社会もそうだ。

「普通」では生き残れなくて、「その人らしさ」であり、「強み」が重視される。

それなのに、未だに学校っていう閉鎖的な空間では、「普通」が迎合される。

みんなと一緒が大事で、そうじゃないと排除される。

ほんと、しょーもない。

だから、僕は声を大にして言いたい。

学校に行きたくないなら行かなくていい。

誰かの考えにひれ伏す必要なんてなくて、「俺は俺だ!」と力強く歩こう。

「This is me」と声高く叫ぶ『グレーティストショーマン』の人たちのように。

 

I make no apologies, this is me
「謝ったりしないわ、これが私だもの」

This is me

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この記事を書いた人

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒

中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。
しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。
野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。
浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。
友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。
フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。
京都新聞にして子育てコラムを連載中。
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