子どもは、ネコである。名前はもうある。

「学校や地域でワークをおこなうと、全然話さない子がいるんです。
研究で、発言の影響力を調査してみたんですよ。
すると、全く話さない子たちが、ボソッと口にした言葉が、場に大きな影響を与えていた。
方向性を変える発言になった事例がとても多いことがわかったのです」

東京大学大学院の特任助教である安斎勇樹さんは、このように話します。
 

僕は、今度のイベント準備にあたって、いろんな子どもたちにインタビューをおこないました。
すると、「子どもってまるでネコだな」と思うようになったのです。
 

中学生の女子は、言います。

「あんな、親に聞いて欲しいことはたくさんあるねん。言いたいこともあるし、思っていることもある。でもな、大人とか親って忙しそうやん。常にバタバタしている。だから、いつ話しかけたらいいかわからへんねん」
 

彼女は、ずっとタイミングを見計らっていました。
「いつ言おうか?」「今なら聞いてくれる?」
 

思春期になると、親になにも言わない子も出てきます。
女子は、男子に比べるとなんでも話してくれるほうです。

でも、全てをまるまる話してくれるわけじゃない。

小学生のときは、“100”あれば、“100”を全部話してくれる。

でも、中学生にもなると、“100”のうちの、半分くらい。
男子にいたっては、もうゼロに近いくらいに話してくれない。
 

彼女の発言を聞いていると、話したくないのではなく、考えて話すようになったのかもしれません。
 

親の都合などお構いなしに話していた幼少期。
でも、今は違う。
相手を気遣い、「今ならいいかな?」と思って、話しをしようと考えている。
そういうことが、彼女の発言からわかります。
 

男子中学生は、先生に対して言いたいことがありました。
 

「わかるねん。いや、わかる。先生やから仕方ないと思うねん。命令することも、怒ることも、やらなあかんねやろうなぁと思う。まぁ、腹立つこともあるけど、先生の役割やし当然やとも思ってる。それは、別にいいねん。先生ってそんなもんやもん。でもな、1つだけ言わせて欲しい」
 

彼は、先生があまり好きではなく、「先生がうっとおしい」と言っているのを聞いたことがあったので、こんなふうに見ているのは少し意外でした。

“先生やから仕方ない”と、思っていたとは……
 

彼は続けます。

「あんな、怒るのもいい。悪いことして怒られるんやったら、自分が悪いなぁって思える。でもな、一方的に怒られるのがイヤやねん。なんで、こっちの話を全然聞かへんの?なにも聞かずに、怒るん?俺の意見とか無視なん?」
 

彼は、大人は理不尽だと話します。
「自分のことを全然わかってくれない」と、嘆きます。
 

「別に、わかって欲しいとは思わへんねん。そんなん無理やと思うし。“先生、俺のこともっとわかって〜”なんて、子どもっぽいことは思わへん。でも、ちゃんと聞いてぇや!」

一方的に解釈して、勝手に怒る。
子どもの言葉に耳を傾けることなく、まくし立ててくる。

その振る舞いにガマンがならないんだと、彼は声を荒げます。
 

「怒られているときに、なにか言ったら、“言い訳なんかするな!”って言われる。いや、ちゃうやん。言い訳がしたいんじゃなくて、こっちには、こっちの言い分があるねん。悪いことしたら謝るよ。怒られても仕方ないよ。それはいい。でも、別にこっちが悪くもないのに、怒られるのはおかしいやん。ちゃうやん。なにか言おうとしたら、“先生に逆らうのか?”ってえらそうに言ってくる。それが、我慢でけへんねん」
 
 
 

女子高校生は、こんなことを話していました。

「大人ってさ、子どもに“ちゃんとしなさい”って言うけど、ほんまに自分たちができてるん?電車とかカフェとかでマナー悪い人たちっていっぱいおるで?私たちに言う資格あるのかなって、つい思うことあるねん」
 

子どもたちに、“大人に対して思っていることを聞かせて欲しい”と言ったところ、このようなコメントが返ってきました。

僕が取材をして真っ先に感じたのは、「よく見ているな」「よく考えているな」でした。
 
 

安斎さんがおっしゃるように、普段からなんでも話している子はよく考えていて、話さない子はなにも考えていないわけじゃない。

みんな良く考えているし、よく見ている。
大人をじっくり観察している。
 

ネコは、言葉を話しません。
だから、僕たち人間にとっては、なにを考えているのかよくわからない。

でも、ネコは、家族や人を順位付けするのです。
家族の様子をうかがい、全員をチェックする。
「この人は、下」「この人は、上」

良く見ているのです。
言葉こそ発しないものの、静かに観察している。

まさに子どもたちも同じです。

言ったところで聞いてもらえない。
大人に対して言いたいことが言えない。

だから、決して語りません。
口には出さない。

ネコと同じように話さない。

でも、じっくり見ている。
黙って、観察しているのです。

大人の様子を。
大人の発言を。
大人の振る舞いを。
 

僕は、子どもたちの言葉を聞いて、姿勢を正しました。
「子どもって怖いなぁ」とも思ったのです。

「こんなに見られているのか?」と。

子どもは、大人に対して思っていることを普段は話しません。
口を閉じています。
「子どものくせにっ」と、言われることがわかっているから。

僕自身、子どもを見る目が変わりました。
自分のたたずまいを正す機会になりました。

子どもへの関わり方を改めて考える機会になったのです。

26日におこなうイベントでは、インタビューした内容を動画などで紹介します。
外には一切出せない、極秘VTRです。

子どもの発言を聞いて、あらためて子どもたちとの関わりを考えてみませんか?

お申し込みは、Facebookイベントページもしくは、Kusatsumirai@city.Kusatsu.lg.jpまで。

 
 

 

 

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この記事を書いた人

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒

中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。
しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。
野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。
浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。
友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。
フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。
京都新聞にして子育てコラムを連載中。
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