こんにちは。D.Liveの得津です。8月30日(土)に、NPO法人乙訓もも様が主催する、乙訓地域のひきこもり支援ネットワーク会議「乙訓絆サークル」の第8回に講師としてお招きいただきました。
「学校に行かない子どもたちは、どこで生きているのか― 不登校支援の現場から見える孤立と希望 ―」というテーマで、田中・得津の二人が、進行の方や参加されている方からの質問に答えるスタイルでD.Liveの事業や不登校の子どもの理解などについてお話ししました。
当日は本当にたくさんの方々からご質問をいただき、全てに答えることはできませんでした。ですので、このブログで答えられなかった質問に答えていきたいと思います。田中に答えてほしかった質問もあったかと思いますが、私(得津)がお答えします。また、いただいた質問について、誤字や書き損じによって判読できないもの、当日に答えたものについては除いております。あらかじめご承知おきください。
子どもを理解する
Q.気持ちを言語化することは本当に難しい。小学校低学年に対するワンポイントをください
自分が学校の先生をしていた頃は、日頃から読書習慣をつけることが大事だと教わってきました。低学年だと絵本の読み聞かせがとても有効だと。ですが、例えば面談だとか、日頃の話ではないその場での話となると、気持ちを表すカードを用意するのはどうでしょう。大阪府人権教区研究協議会が作成している「いま、どんなきもち?」というものがあります。気持ちを表す言葉と、それにあったイラストが描かれているカードです。よければ、一度ご覧になってください。
>大阪府人権教区研究協議会「いま、どんなきもち?」
Q.今の子どもたちに抱える悩み、どんなことが多いですか?
学年によって変わる部分もありますが、共通しているのは対人関係の悩みですね。具体的なトラブルの話ではなく、自信のなさの話です。「自分はコミュ障だから」「スクールカーストで下の方だから」、こういう意識がデフォルトで備わっている子どもが多いように感じます。この自信のなさの難しいところは、誰かに「君はコミュ障だ」と言われたわけではなく、自分から進んでこのように思っている節があるところです。どうしてなんでしょうね。コミュニケーション能力の育成が叫ばれるようになってから、対人関係のハードルが子ども達の中でぐっと上がった気がします。
Q.子どもを理解するために、一番大事にしてることは何ですか?
いろんな話を聞くことですね。フリースクールでは、スタッフ・ボランティア問わず、子どもの関心に関心を持つようにしてくださいと伝えています。子どもの関心ごとは時期によって変わります。ハマっていたゲームに飽きたり、学校行事に参加するか悩んだり、本当にコロコロ変わるので、何気ないおしゃべりを大切にしています。
Q.子どもの本音を聞き出すには?
人によって言うことが違うことが普通なので、どれが本音かなんて、なかなか判別できないですよね。「これは本音なんだろうか?」と勘ぐりながら相手の話を聞くのはとても疲れてしまいますからオススメしません。「今日はこう話していた、けど明日以降は違うかもしれない」くらいの気持ちで、肩の力を抜いて話を聞くことが大事な気がします。もし、質問者さんが対人援助の仕事をされているなら、面談等で話したことや決まったことを共有し、別の担当者が面談したときに違うことが出たかどうか。その差異の背景に注目することが大事だと思います。
子どもと関わる
Q.子どもと初めて会うときに特に意識されていることはありますか?
「こいつはちょっと話せるやつだな」と子どもに思ってもらうことですね。そのために、事前のアンケートをすごく大事にしています。フリースクールでは入会前に、一度保護者さんやお子さんと面談をします。面談予約の際に、保護者さんには面談日までにアンケートに答えてもらいます。アンケートの内容は学校に行けなくなった時期や、今の生活リズム、お子さんの好きなことなどです。これを当日までに読み込んで、何の話題をふり、何を話さないでおくかを決め、できるだけお子さんが面談で「話せた」と思ってもらえるようにしています。ですから、意識していることとしては、会ったその瞬間を充実させるための事前準備ですかね。
Q.「支援臭」なくそばにいる、このことをもう少し詳しくお伺いしたいです。
どれだけ気をつけていても、相談する側、フリースクールを利用する側から見たら、自分は怯えの対象なのだと思います。ですから権力者っぽく振る舞うのも、不安を与えるような言動も極力控えたい。それに、そのような振る舞いに自覚的でありたいです。
いい具体例になるか怪しいのですが、心理的安全性という概念があります。これは、組織やチームの中で自分の意見や気持ち、疑問や失敗を、他者からの拒絶や罰を恐れずに安心して表現できる程度のことです。心理的安全性が高いと、チームでの意見交換や活動が活発になり、低いと意見交換が活動が停滞します。
そして、この心理的安全性を損なう4つの不安があるそうです。
【1】無知だと思われる不安
業務で知らないことや不明点を聞く際、「こんなことも知らないのか」と思われないか不安になり、上司や同僚に必要な質問ができなくなってしまう。相談することが不安になり、従業員同士のコミュニケーションも自ずと減少していく。
【2】無能だと思われる不安
業務で失敗した際、「こんなこともできないのか」と思われないか不安になり、ミスを報告しなかったり、自分の失敗を認めなかったりするようになる。
【3】邪魔をしていると思われる不安
ミーティング時に、自分の発言で議論が長引いたり本題から外れたりした際、上司や同僚から「いつも議論の邪魔をしてくる」と思われないか不安に駆られてしまう。自分から提案や発言をしなくなっていくため、新たなアイデアやイノベーションも生まれにくくなる。
【4】ネガティブだと思われる不安
現状の改善について提案しようと思った際、「いつも他人の意見を否定する」と思われないか不安になってしまう。上司や同僚に否定的に捉えられる可能性があると、発言をためらったり、本当に重要な指摘をしなくなったりする。やがて常に自分を隠して仕事をするようになる。
「こんなことも知らないのか」「こんなこともできないのか」、このような屈辱感を与えないように心がけているつもりです。
Q.孤立も辛いが、つながりすぎるのも辛いかも……。
人と繋がる安心とめんどくささ、良い距離感はありますか?
めちゃくちゃ考えがいのある質問ですね。個々人の関係については、失敗しながら適度な距離感を掴んでいくんだと思います。若者支援の現場では、一度失敗すると相談者が何も言わずにフェードアウトしてしまうという話を聞いたので、こんな悠長なことは言ってられないのかも知れませんが…。
少しだけ社会学っぽい話をすると、スマホによって私たちは常時接続の社会にいます。この社会では、むしろ孤立や孤独の時間を持つことが難しくて、大衆の中にいるのにひとりぼっち(=寂しい)感覚ばかりが募っていくという話もあります。これは、哲学者の谷川嘉浩が書いた『スマホ時代の哲学』という本で詳しく述べられています。ご興味おありでしたら、ご一読ください。本を読むのはちょっと・・・ということでしたら、谷川嘉浩のインタビュー記事でもいいと思います。繋がりすぎない方法については個人的にも引き続き考えていきたいトピックです。
Q.学校には不登校のたまごのような子がいると思うのですが、そういう子たちに手を差し伸べるには、具体的に何をすればいいでしょうか?
思わずうなってしまう質問が続きますね。現状の制度では、私たちのような立場の人間が「不登校のたまご」に介入する方法はかなり限られています。心理士や社会福祉士の資格を活かして、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーとして配置される方法。もしくは、校内居場所カフェのような取り組みを学校と連携しておこなうこと。これくらいしかパッと浮かびません。
ご質問いただいた通り、不登校のたまごのような子たちへのケアもやはり重要なポイントだと私も思います。日本財団が2018年におこなった調査では、不登校傾向にある中学生が約33万人いるそうです。驚くべき数字です。現場の先生たちによるマンパワーではなく、仕組みでアプローチしたいですよね。
Q.親や子どもに「しんどい」「つらい」と言われた時の第一声を教えてください。
「うん、そうか」くらいしか言えないですね。変に励ましたり、元気づけたりはしないです。それよりは、「しんどい」の後に続く言葉が聞きたいので、質問したり、黙って次の言葉が出てくるのを待ったりします。「共感が大事」なんてよく聞きますが、相手の気持ちに同調するなんてできないですよ。同調ではなくて、どのような背景やきっかけがあって「しんどい」になったのか。本人なりの語りや事実関係を聞くことを大切にしたいです。
Q.支援をする上で絶対にNGだと思うことと、その理由を教えてください
本人の同意を得ずに物事を進めることではないでしょうか。もちろん個人情報保護など、いうまでもないことはたくさんありますが、支援者のあり方としても、1つ挙げるならこれです。
Q.コントロールをせず、心から「すごい!」と思ったとき、素直に賞賛するのはどう思いますか?
子ども自身が褒めて欲しいと思うケースに、どう声をかけてあげるべきでしょうか?
いい質問をありがとうございます。田中がお話ししたことの続きですよね。ご質問されたことは、アドラー心理学の「勇気づけ」に関わる内容です。田中が話した、操作的な褒めはアドラーも批判しているところです。幼稚園や小学校で言われるような「並べてえらいですね」「人の話を聞く姿勢がすごいね」。このような褒めかたは、操作的な褒めの最たる例です。このような褒め方を繰り返すと、大人の顔色を窺う子どもになるからやめましょうというのが、アドラーの主張です。
では、心からすごいと思ったときにはどうするのか。言っていいです。このような心からの賞賛や言葉掛けを、アドラーは、褒めるに対して「勇気づけ」と言いました。参考リンクを探したのですが、どれも長くなってしまうのでここでは割愛しますね。肝としては、操作的な褒めではなくて、心からすごいと思ったときは遠慮なく言っていいです。私も日頃から、「すご!」「え、ヤバ!ごっつ!」とか、よく言っています(笑)。
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