子どもはもっと苦しんだほうがいい!?

D.Liveには、不登校の子を持つ保護者のための「保護者サークル LakeSide」があります。
毎週木曜21時から22時まで、「LakeSide FM」というラジオ配信をしています。
その後、22時から「アフタートーク」。みんなで残って、相談や質問を受ける会です。

先日のアフタートークで、こんな質問をいただきました。

部長、いつも「もっと苦しめ」って言わはるじゃないですか。苦しむことはとっても大事やと。
でも、答えのない問いとか、どうしたらいいか分からへんことは、苦しみやなくて戸惑いや困惑やから、取り除いてあげなあかん、とも言うてはって。
何を戸惑ってるか、なんで足踏みしてるか、そこを交通整理するのが大事やと。
その見分けが、わかるような、わからんような。もうちょっとじっくり聞きたいなと思って。

目次

まず、その子の「方角」があるかどうか

端的に言うと、こういうことです。

たなか

僕は、それぞれの子にテーマを持ってほしいと思っているんです。
ありていに言うと目標なんですけど、どこに向かって進んでいるのか、何を大事にしているのか。指針みたいな、方角みたいなところですね。

たなか

苦しみには2つあって。ひとつは、そこに向かっていく中で困る、難しい、わからない。
好きな人がいて、仲良くなりたいけどどうしたらいいかわからない、みたいな。これは感じてもらっていい苦しみです。

たなか

取り除きましょうと言っているのは、もう一方のほう。
暗中模索で、今なにがなんだかよくわからなくて、悩んでいるかどうかもわからない。これは僕のメンターに「悩んでるふり」と言われました。

たなか

悩んだり迷ったりすること自体は、悪くないんです。
ただ、なんかしんどい、なんか苦しいみたいな漠然とした不安は、軽減したほうがいい。あれは余分なものだと思っています。
心配、っていう言葉が近いかもしれません。

たなか

僕は、一人ひとりの子に「今このテーマだな」と思いながら見ています。
そのテーマに沿っていないところで悩んでいたら、戻します。「そこ、悩むところじゃないよ」って。

たなか

目的とか達成したいことがあって、その中で詰まっている。それなら、適切な悩みなんです。

「うちの子、コミュ障やねん」は、悩みじゃない

たなか

「友達が欲しいけど、自己紹介が不安」「どうやって話しかけたらいいかわからない」だったらわかるんです。
でも「私、コミュ障なんだよね」。これは悩みじゃないです。自称でしかないので。

たなか

コミュニケーションが苦手っていう、ひとつの事柄でしかない。だから何、っていう。
「私、マヨネーズ苦手なんだよね」と同じです。

たなか

でも「今度の合宿、うちの学校は好き嫌いせず全部食べなあかんって言われてて、サラダにマヨネーズ絶対かかるんだよね。どうしよう」。
これは、適切な悩みなんです。

たなか

みんな、できないこと、ダメなこと、難しいことで悩むんですよ。
それが単体で置かれていると、宙に浮いている感じがするんです。

でも「コミュ障やねん」って言われたら、こっちは、困ってんのかな、なんとかしたいんかなって思ってしまいますけどね。
ほんまは本人、そこまで思ってへんかもしれんってことですか。

たなか

そうです。そこで悩んではいるんですけど、悩む必要のないことだったりします。

そんなん言うても、本人に「それ悩みとちゃうやん」なんて言えへんし。

たなか

言わないです。「それで何が困るの?」って聞くんですよ。

たなか

学校で友達と仲良くなられへん、となったら困りごとになりますよね。
そうすると、コミュ障が問題じゃなくて、友達と仲良くできないことが悩みなんです。
もう少し言うと、仲良くする方法がわからないから、お昼ご飯を一人で食べていて寂しい。

たなか

問題は、一人でお昼を寂しく食べていること。コミュ障なことではないんです。

たなか

極端な話、お金をばらまいて「1万円あげるから私とご飯食べて」と言ったら、たぶん食べてくれるじゃないですか。
ほかにもやり方はあるんです。でも、できないところだけにフォーカスするから、悩みごとが浮いちゃうんですよ。

「悩んでる?」ではなく「何に困ってる?」

そこまでクリアになったらええけど、そんなにクリアにならへんときもありそうな気がします。

たなか

クリアにしなくていいんです。
ボディブローで「私が悩んでいることは、本当に悩む必要があるんだろうか」と、一石を投じるだけでいい。

たなか

悩みに、別の角度から光を当ててあげる感覚ですね。

たなか

聞き方でいうと、「今、それで悩んでるの?」……いや、違いますね。「今、それで困ってるの?」です。

たなか

「悩んでる」って言葉は、抽象的すぎてわからないんです。
でも「困ってる」は、具体的な場面が浮かぶじゃないですか。

たなか

みんな楽しそうに喋っているのに、私だけポツンと一人で食べていて。
別にそれはいいんだけど、周りから変な目で見られてるんじゃないかなって思っちゃうんだよね。
そこまで出てきたら、ああ、なるほどね、となる。

僕は面談だと時間がないので、「そこじゃないですよ」と言い切ります。
ただ、家で同じことを言うと、たぶん反発されます。余計なお世話になってしまうので。

たなか

コミュ障って感じてるんだ。今まで、それで何か困ったの?

これくらいで十分です。

前提を疑ってみる

悶々と悩んでそうなんも、それはそれで大事なことかなと思ってたんですが、ちょっと違うかもって思いました。

たなか

感覚としては、哲学できるかどうかかなと思います。
言葉にすると、クリティカルシンキング。批判的思考ですね。前提を疑う、という考え方です。

たとえば面談で、子どもが「学校に行きたいんだけど行けない」と言ったとします。
僕はこう聞きます。

たなか

なんで学校行きたいの? 学校、行く必要なくない? いらないでしょ、みんな言ってるだけだし。
じゃあさ、君のクラス全員が毎日不登校やったら、行く?

「いや、行かないです」と返ってくる。
あ、そうなんだ、じゃあ行かなくてよくない?
そうやってひたすら言っていくと、「学校に行って友達と遊びたいんです」と出てくる。

たなか

遊びたいんだね。学校の友達と遊びたいから、学校に行きたいんだね。

解決しなくていい

たなか

「私、コミュ障なんだよなー」だと、そこで止まるじゃないですか。進まない。
でも「お昼ひとりで食べてて寂しいな。でも本当に寂しいのかな。私、友達欲しいのかな。そもそも友達って何だろう。今まで友達っていたっけ。あの子は友達かな」と自分の中で深めていけるなら、いいんです。

たなか

くるくる同じところで回らないようにする。ちゃんと悩めるようにしてあげる、という感じですね。

解決は、してあげんでもいいってことですか。

たなか

解決したいことと、悩んでるけど解決を求めてないことがあるんです。
最近パンがちょっと焦げやすいけど、まだ壊れてないから使えるトースター、みたいな。

たなか

そこにパンフレット持ってきて「どれ買う?」と言われても、いや買わへんけど、ってなるじゃないですか。
子どもの悩みは、ほとんどそれです。

たなか

どんな感じで焦げてるの、毎日焦げるの、なにか工夫してるの。
そうやって、くるくる回って話していけばいい。
本当に解決したかったら、「どうしたらいいと思う?」って本人から出てきます。

たなか

やっていくと、「この子は私にとって友達なのかな」って新しい問いが生まれるんですよ。それで深まっていく。
意外と「あれ、私ひとりでも全然平気かも」って気づいたりもします。

たなか

やっぱり友達欲しいなと思ったら、じゃあどうやって作ろう、声かけたほうがいいかな、と違う問いが生まれる。
それは、子どもの中から自発的に出てきた問いですよね。

たなか

肥料をあげるくらいの感覚ですね。思考の。

ただ、我がこととなると構えて、言わへん気がします。

たなか

それなら、抽象度を上げたほうがいいですね。「あなたはどうなの?」じゃなくて、「そもそも人類にとって友達って必要なんかな?」とか。
話はどんどん脱線します。本当に自分のことを喋りたかったら、子ども自身がそっちに戻していくので。

たなか

あと、全部を取り除かないといけないわけじゃないんです。
ただ、必要なものを取り除いたほうが、進みやすくはなりますね。

なんとなく、ちょっとは分かりました。

たなか

難しいですけどね。

アフタートークは、だいたいこんな時間です。
答えを出して終わる会ではなくて、こうやって、くるくる回りながら話しています。

保護者サークル LakeSide は、月額3,300円。
初月は無料なので、まずはひと月、のぞいてみてください。

※プライバシーに配慮し、内容には多少の脚色を加えています。

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この記事を書いた人

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒

中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。
しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。
野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。
浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。
友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。
フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。
京都新聞にして子育てコラムを連載中。
詳しいプロフィールはコチラから

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