不登校だった僕の高校受験体験談―通信制高校編 その2

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3週続けている僕の高校受験からデビューを振り返る連載も、今週でいよいよ完結です。最後は通信制高校に転学が決まってから、その仕組みや雰囲気に大きく戸惑ったこと、そしてなんでこのエントリを残すことにしたのか、について書いていきます。

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「先生、これ教えて」で怒らない先生、あだ名で呼ばれても怒らない先生

僕が通信制高校に入って一番安堵したのは、先生の存在だった。

正直、最初職員室に入ったときはとても戸惑う光景だった。突然男子が職員室に入ってきて、「先生、これ教えてー」と何かの紙を持ってくる。ちょっと待て、それじゃ先生にめちゃくちゃ怒鳴られるぞ・・・と思ったら、先生はそんなことも気にせず紙を見ながら何かアドバイスを送っている。

えっ?

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唖然とする僕の斜め向こうで、「もーう!せんせー!」と茶髪で派手目の女子が先生にものすごくなついている。誰かのあだ名のような名前が呼ばれると、「ほーい」とまた別の先生が呼応する。えっ、なに、この子先生のことあだ名で呼んでるの?しかも普通に先生返事してるやん。

前の学校では考えられない光景だった。あのコワモテのスキンヘッドで怒鳴り散らしてばっかりだった先生を変なあだ名で呼んだら、どんなに恐ろしい罰が待っているんだろう。ちなみにそのあだ名で呼ばれていた先生は、後日くれた連絡メールの署名にそのあだ名を明記してて、しこたま驚いた。公認だったのだ。

通信制高校には基本的に学級がない(学級制を敷く学校もありますが学級に入るか否かは生徒の裁量に委ねられる場合が多いです)。その代わり生徒には必ず「担当の先生」というのが1人つく。この「担当の先生」は合わないな、と思えばいつでも違う先生に変更しても良いことになっている。

この先生の距離の近さは、通信制高校において特筆されるべきものだと思った。あの日あっさり突き放した前の高校の担任に、こんなざっくばらんに話しかけるなんて死んでも無理だ。でも、ここならそんな接し方でも先生は普通に許してくれるのだ。もちろん尊敬のまなざしを忘れてはいけないけど。

前にも書いたが、僕は新たな環境では「信頼・安心できる目上の人」を探す癖がある。学校で言えば先生のことだが、こんなフレンドリーに接してくださる先生の多さに僕は本当に救われた気分になり、気付けば職員室に入り浸るようになった。

まさかあるとは思わなかった「部活」

通信制高校に移ってもうひとつ驚いたのは、部活の存在だった。

学校の玄関をくぐり廊下を歩いていると、「バドミントン部部員募集中!」「漫画研究部ではこんなことやってます!」などと、多種多様な部活の勧誘チラシが所狭しと貼ってあった。へえ、こんなところにも部活があるんだ、と部活と何の縁もなく生きてきた僕はとても驚いた。

友達も欲しいのでせっかくだし、と僕は部活に入ることにした。ちょうど担当の先生が顧問だし、という理由もあって選んだのが「写真部」。結局そこから卒業まで写真部一筋だったのだが、この時間がなかったら今の「写真にこだわる自分」は多分いない。

通信制高校は思った以上に全日制と遜色がない活動が充実していて、自分の高校では文化祭もあった(その話に関してはこのエントリをお読みください)し、入学式や卒業式も普通にあった。余談だが、入学式の歓迎の挨拶にも立ったことがある。

ちなみにこういう学内・学外活動やボランティア活動に参加した時間数も卒業に必須、という通信制高校がある。まさしく自分の学校がそうだったのだが、別にそういうのが嫌いじゃない僕はあっさりと必要時間数に達した記憶がある。

そして、余暇時間がぐっと増えた

通信制高校の最大の特色が、授業形式である。毎日授業がある全日制とは違い、週に何日か「スクーリング」と呼ばれる登校日を設けて授業を開講する。高校ごとに仕組みも違うので一概に決めつけることは出来ないのだが、通信制高校では「時間」の使い方が大きなカギを握る。

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各科目は、「レポート」と呼ばれる課題を提出し、かつ授業への最低出席時数をクリアして試験を受け、合格することで履修完了となる。最低出席時数は科目によってバラバラで、数学や国語なんかは2時間だけ出席すればクリアだったのだが、実はそこには裏がある。

最低出席時数をぎりぎりクリアして試験を受けると、とてつもなく高い点数を取らなければ試験に合格できないようになっている。最低出席時数をクリアしてもなお授業に出席すれば「出席点」がプラスされ、試験で求められる点数がぐっと軽減される。なので、いくら出席時数をクリアしても全く油断してはいけない。

試験が終われば長期休み、ということになるのだが、この長期休みも学校によれば2ヶ月近くあるのも通信制高校の特徴だ。これを活かして、芸能人やスポーツ選手が在籍していることも結構ある。自分のときは、某アイドル事務所に所属している生徒がいる、と女子の間で専らの噂だった。

この2か月間の長期休みが本当に苦手で、文化祭の準備に忙しい2月からの春休みはまだしも、特に学内行事もなく落ち着いている7月末から2か月間の夏休みは特に辛かった。友達が多い訳じゃないので毎日ほぼ家に引きこもる日々がどうにも耐えられなかった。

それじゃいけない、と思って3年の夏休みは学外活動やボランティアを始めたのだが、これがことのほか性に合っていたらしく、最後の夏休みは引きこもりすぎて苦痛、という日々からは脱却できた。通信制高校に通うならば、時間の使い方が大きく重要なのだと身をもって体感した瞬間だった。

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おわりに:「通信制高校に恩返しをしよう」と誓った日

時は流れて3年の終わり、僕は文化祭の実行委員長をした。だけど他の委員にしょっちゅう叱られてばかりの委員長だった。なんとか文化祭を終えたその夜、僕は学校の小さな会議室に校長先生と担当の先生、2人に呼び出された。奇しくもあの日、「ヤマモトくんの入学を許可します」と面接して下さった2人だった。

僕は、120%怒られるのだと思った。実際「委員長なんとかしてくれ」と先生に愚痴っていた委員も多かった。そりゃそうだ。こんなまとめられなかったら怒られても仕方がない。怒られるのは死ぬほど苦手なのだが、意を決して「失礼します」、と会議室に入った。

3年前のあの日と同じように、校長先生・担当の先生と僕が相対するように座る。2人とも温厚な先生だが、目の前の机をドンと叩かれてもおかしくない。それくらいの覚悟で、十中八九飛び出すだろう「キミはなんという文化祭にしてくれたんだ」という言葉を待っていると、努めて冷静に校長先生が話し出した。

「ヤマモトくんに卒業式で、理事長賞、つまりこの学校の一番上の表彰を授けようと思う」
「はぇ?」

・・・何か幻でも見ているのだと思った。

「あ、いや、その、もらえないですよ、大体委員長としてボロクソでしたし、試験の成績も」
「いや、キミにこの表彰を授けようと思う」
「でも、その・・・」
「職員室の先生もみんなヤマモトくんの理事長賞に異論はないと言っている。だから受け取ってほしい」

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僕は折れるしかなかった。3日後、卒業式の壇上で証書を受け取った後、卒業生、在校生、保護者、そして先生方に向けて、ありったけの感謝の思いを込めて深々とお辞儀をした。その瞬間、僕の気持ちは固まった。

一生かけて、お世話になった先生方、そしてこの学校に、コツコツと恩返しをしていこう。

今、僕を動かすエネルギーは、あの日誓ったこの気持ちだ。

以前も書いたが、僕はこの通信制高校と出会って大きく人生が変わった。高校受験に見事成功し、これでもう大丈夫と思った矢先、入学後に大きな傷を負った。そこでもう一歩踏み出したら死んでいたかもしれないときに命を救ってもらった。この御恩は、死ぬときまで絶対に忘れない。

だからこそ、今僕と同じように高校が合わない、中学校に行ってなかったけど高卒の資格が欲しい、高校生活を送りたい、という人たちに、ひとりでも多く「通信制高校」を知ってほしいのだ。

「通信制高校」と言えどたくさんの学校がある。今に限らず、いつでも面談や学校見学に応じて下さる学校が多い。もちろん入学後まったく苦労しない訳ではないが、先生方の手厚いサポートがあれば大学進学も考えることができる。是非一度、お近くの通信制高校を知ることから始めてほしい。

最後に、4週にわたり(最後は特に)このような長文を読んでくださったすべての皆様に深く感謝申し上げます。最後は「高校受験」ももはや関係なくなりましたが、なにか考えるきっかけとなれば幸いです。

 

  

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山本 駿

山本 駿

NPO法人D.Live スタッフ / 高校非常勤教員(社会科) 京都出身。中学3年間不登校。岐阜県内の大学を卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画。主にTRY部や不登校講演事業を担当しながら、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。