子どもに反省させても意味は無い!? 次につながる関わりとは

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こんにちは、スタッフの得津です。
私は小学校の先生をしていました。恥ずかしい話ですが、先生をしていたときは子どもを怒る事もありました。一度や二度というわけではなく、まあまあの頻度でした。

例えば、子どもが何か悪さをしたときは怒って、何があったのかを聞いて、反省させておしまい。
という流れでした。子どもがしゅんとした顔で「ごめんなさい」と言えれば、(もう大丈夫かな?)とその事については済ましていました。

 

でも、今日ご紹介する文章を読んで、(あぁ、全然よくなかったなぁ)と痛感しました。

僕と同じように、何か子どもが悪い事したら
「怒る」→「ごめんなさい」をくり返して、(何回言ってもあかんなぁ)と感じている保護者さんや学校の先生には特に、ご紹介したい内容です。

 

ご紹介するのは、「子どもの自信白書2015」でも取り上げた、
『反省させると犯罪者になります(新潮新書)』の著者、立命館大学の岡本茂樹先生のインタビュー記事です。全文はコチラです。
http://kosodatemedia.com/archives/1034

岡本先生は、大学で学生に授業をする傍ら、日本ロールレタリング学会の理事長もされています。さらに長きにわたり篤志面接委員として、累犯で犯罪傾向の進んでいる者が収容される刑務所において、個人面接や更生プログラムの授業を行われたそうです。

 

反省が表面的な物になっている

少年院等でも行われている「ロールレタリング」という心理療法があるのですが、それを切り口に反省が表面的な物になっていると、岡本先生はおっしゃています。(以下、記事より抜粋)

 

尾崎 :現場の人たちも形にこだわってしまっているんですね。

岡本 :そうなんです。要するに現場の人も分からないんですよ。教育とか心理とか福祉とかを学んだ人が、大学で刑務官や法務教官の試験を受けるんですが、そんなに深く心理などを学んでいるわけではないので、少年院で前もってカリキュラムが作られていたら、その通りやっちゃうわけです。やらせるだけになって、カリキュラムが終わりました、では次はこれをという流れになってしまって、限りなく形骸化しているということですね。

尾崎 :またその書かれた内容を適切に判断するのも難しいですよね。「よく書けているな、しっかり反省しているな」と表面的な受け止め方で評価されますよね。

岡本 :そうです。評価されてしまうんですよ。しっかりした反省文が書けていると。悪質な人間をつくっていることになっちゃってるんですよ(苦笑)。

尾崎 :刑務官や法務教官に“評価される文章”を書くのが上手くなりますもんね。

岡本 :そうなんですよ。だから「反省させると 犯罪者になります」(笑)。

尾崎 :(笑)。

一般の場合でも、結局こういうことを繰り返すと大人受けする文章を書くようになったり、言葉として言うようになったりするということですね。怖いというか、現状そういう形で行われていることに驚きですね。

 

全く僕のことのようで、本当に耳が痛いです。
「ごめんなさい」と言っているのをみると、(もう、大丈夫だろう)と思ってしまいます。
それはでも、表面的な姿を見ているだけなんじゃないかという視点を持たないといけないですね。
思い出してみれば、僕自身も子どもの頃は読書感想文や行事作文なんかでは、「先生が喜びそうな事を最後に書けば良いんだろう」という斜に構えた態度で、作文の時間をこなしていた気がします。。。(苦笑)

 

 

表面に表れて来た反省の言葉よりも、内面をじっくりと吐き出させる

表面的なものを見て、(反省したな)と済ませてしまう事は
本当の意味での再発防止や指導にならないということは分かりました。
では、どうすればいいのか。記事は続きます。

 

岡本 :心の中が整理されて「俺はこういう事で、悪いことをしていたんだな」と自分で理解していくと、自然と被害者の事が考えられるようになるんですよ。こうなってやっと本当の反省という捉え方ができるわけで、「ごめんなさい。すいません。」とそんなことを言っている段階は、上辺というか表面的という風になってしまいます。

尾崎 :まず反省を強いるのではなくて、問題を起こした本人の内面を先に表に出させてあげないと、本当の解決には向かわないという事なんですね。

岡本 :学校教育にも当てはまることなのですが、今月の目標と書いてあって「相手の気持ちを考えよう」というようなのがよくあるじゃないですか。これは通じるところがあって、人の気持ちを考えなさいという事を言い過ぎるんですよ。刑務所でも、矯正教育全般にも言えるのですが、「被害者の気持ちを考えて、痛みを分かれ」と。これは当たり前ですし理解できるんですが、被害者の事ばかりをやっていても、結局「すいません、ごめんなさい。」にしか至らないんですよ。

だから本当に他者の事を理解する為には、自分のことを理解しないと他者の事も理解できない。相手のことを考えるんじゃなくて、まず自分のことを考えるっていうことを最初にしないといけないということなんです。

尾崎 :例えば子どもが問題行動を起こした時に、親としてはどのような態度をとるのがいいのでしょうか?ほとんどの親は、「怒る、叱る、謝らせる」という形しか選択肢を持ち合わせていないと思います。

岡本 :普通の人なら「何やってるんだお前は!」とポカッといくか、問い詰めて「二度とやるなよ!」と言うくらいなもので、反省とか決意を引き出すやり方は、もっと悪くさせると思った方がいいですね。

そうじゃなくて、「なぜ子供がそういう風になったのか」ということを考えるチャンスをもらったと捉えないといけません。親子関係を見直すチャンスだと考えて、「怒らないことを約束するから、どんなことがあったのか本音で話してほしい」と、どういうことが理由でそういうことをしたのかっていうことを聞いていけば、親にとっては耳の痛い話が出てくるとは思いますが、そこが話し合えれば親子関係はガラっと良くなりますね。「親がちゃんと話を聞いてくれた」っていう、ここだけで十分なんですよね。

尾崎 :そうすると、親の方も自分を見つめないといけないですね。

岡本 :そうです。そのチャンスにしないといけないわけで、大体が先送りしてさらなるピンチにしてしまっているわけです。

尾崎 :子供が小さいうちは特に、親の方が圧倒的に立場が強いわけで、親の思うように従わせるような関係があるように感じます。

岡本 :上下関係という風になってしまっていたら、それはおそらく指示命令的なパターンでそこまでの関係性ができてきてしまったと思うんです。小さいうちに「なぜそういうことをするのか?」っていうスタンスで子供と関わっていれば、そういうパターンには陥らないと思うんですよね。

叱ってばかりで指示命令的な関係だと、裏表のある人間をつくってしまってる可能性があります。親には問題を見せなくても、内面でモヤモヤしていたり、影で悪いことをしたりといった冷え込んだ関係になっていくと思います。

尾崎 :知人から聞いた話なのですが、教育熱心なお母さんがいて「絶対ここの学校に入るんだ」と毎日缶詰め状態にして勉強をさせるわけなんです。小学校・中学校くらいまでは、優秀な成績で親の要求に応えることができていました。親も褒めてくれて一見いい関係だったんです。しかし、高校受験、大学受験となってくると周りも優秀な生徒が増えてきて思うような結果が出なくなってしまったんですね。そうなってくると気持ちが続かなくなって、女性の方なんですが、最終的には風俗店で働くようなところまでいってしまったんです。

このケースも同じような心理が働いているように思えます。親がそのような価値観を子どもに押し付けていたわけですから。子供は子供で健気にそれに応えようとしてきたわけですが、結果それができなくなってしまっときに、「親に認められない自分」という形で自分の存在を否定し、自尊心が崩れてしまったと。

岡本 :全くその通りですね。「挫折」っていうのがチャンスだったんですよ、今の話の場合。中学まではうまくいっていた、高校になってうまくいかなくなった。その時がチャンスですよね。この時に親も「親の思う通りのレールを走らせていたんだな」と見直しができて、本音で話しあえれば変わっていただろうけど、たぶん親はさらに追い詰めていったんではなかろうかと。

そうするとどんどん子供も、特に「いい子」っていう形で生きてきた者ほど、挫折感を味わうと「私はダメな人間なんだ」という考えをずっと持っていて、持ちながらの非行とか、あるいは表面に出なければリストカットとか、引きこもりになるなど様々な問題が起こります。

尾崎 :すると親の方が、何かしらのチャンスに気づいて、手を差し伸べて、アプローチをしてあげないと、子供の方が自分から解決に向かえるという風にはなりにくいですよね。

岡本 :それは無理ですよね。なんでこういう言葉が子供から出るのかなって、少し面白く考えて子育てをしていけばいいと思うんです。軽いちょっとした嘘とかを言った時に「嘘を言ったらダメ」と言わずに、「なんでここでその言葉が出るのかな?」っていう事を考えて、聞いてみたらいいと思います。

「なぜ」っていうスタンスで子育てをしていたら親の方も慣れていきますから、そしたら子どもの方も自分のことを聞いてくれるお父さんお母さんだって思えます。「なぜ」と言う視点で子供に聞いていくという事を幼いころからしていけば、思春期以降に冷たい関係にはならないと思いますね。

尾崎 :親側が「なぜ」と聞くスタンスですね。

岡本 :そうですね。子供に聞いてみないとわからないものです。何か理由があるわけですよ。『本当のことを語ってくれないかぎり人は変われない』というのが大きなポイントですね。

 

きっと、親だけじゃなくて学校の先生も僕みたいな立場でも、何か子どもが悪さをしたときに「なぜ」を聞いて、子どもの思いを吐き出させる事がすごく大事なんですよね。

もちろん、この「なぜ」が

「なんでやったん!ほら!早く言いなさい!!」

みたいに、聞いてるようだけど責めの言葉になってるのでは意味がないですよね。
やはり傾聴が重要になってきます。

 

でも、一番重要なのは「いや、言いたい事は分かるけど、怒らなあかんねん。怒ってまうねん」という心に打ち克つことだと思うのです。こうすれば、自分に克つことができるなんて方法を僕は知りませんが、まずは目の前のTRY部の生徒に活かすところから始めようと思います。

 

 

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得津 秀頼

得津 秀頼

D.Live副理事/元小学校教員 自分に自信が持てない、自分を好きになれない、そんな人が自分を好きになり前向きにチャレンジできる社会を創るためにD.Liveを立ち上げた。 自尊感情に関心が高く、D.Live内では主に自尊感情に関する事業を担当。