なぜ荒岩は料理を作り続けるのか?―クッキングパパから学ぶ成功体験

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先日の記事で得津さんが漫画「君に届け」から自尊感情を考えていました。実はぼく、あまり漫画を読まないのですが、唯一愛読している漫画があります。

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それが、日本を代表する料理漫画「クッキングパパ」。福岡県・博多を舞台に、主人公・荒岩一味が料理を通して周囲を巻き込んでいく漫画です。今年でついに連載開始から30年という長寿漫画でもあります。

この漫画、イラストでも美味しそうな料理や博多の細かい地理描写はもちろんなのですが、荒岩をはじめ登場人物の人間模様も大きな見どころです。その中でも今日は、荒岩が料理をはじめたきっかけから、荒岩が日々周囲の人々に料理をふるまい続ける理由を探ってみようと思います。

荒岩と料理を語る上で欠かせない、「妹」の存在

荒岩は6歳のとき、交通事故で父親を亡くしています。女手ひとつで家族を養うため、母親は荒岩とまだ生まれたばかりの妹・味知を家に残し、朝から晩まで病院で働き詰めの毎日を送ることを決意。兄妹に食事を出す時間も余裕もなく、2人は母が置いていったお金でパンや総菜を買って夕食を済ますのが日常でした。

しかし、母親の愛情に飢えていた味知。母の温かいご飯を食べたい、母と一緒にご飯を食べたい、という不満がある日とうとう爆発してしまいます。途方に暮れた荒岩はふと冷蔵庫の中を覗き、そこに入っていた食材で卵焼きを作り、味知に食べさせました。兄が右も左もわからぬまま作った卵焼きに、味知は思わず笑顔をこぼします。これが荒岩生涯初の料理です。

この笑顔を目の当たりにして、荒岩は「妹を笑顔にしたい」「妹に温かい食事を食べさせてやりたい」という一心で料理にのめりこんでいくことになります。ちなみに後年東京へ移住した味知はあの卵焼きが忘れられないようで、博多に帰省するとよく荒岩の卵焼きを食べて懐かしむ描写が見られます。

荒岩が周囲の人々に料理を振る舞い続ける、明確なたったひとつの理由

荒岩は中学、高校と部活に所属せず、学校が終わるとまっすぐ家に帰り妹の面倒を見る生活を送ります。妹のために毎日腕を振るううちにメキメキと料理の実力をつけ、いつしかプロ級の料理の腕前を持つサラリーマンへと成長していくのです。

ここまで見てきて分かるように、荒岩は毎日のように「妹に温かい食事を食べさせ笑顔にしたい」というひとつの目標を達成するために台所に立っていました。上記の卵焼きのエピソードは荒岩が小学6年生の頃の話です。多感な時期に差し掛かろうとする時期でのこの成功体験は、まさに料理を続ける上で大きな支えだったと見て間違いないでしょう。

そして、料理を作る対象が妻子や周囲の人々などに広がっても、昔味わった成功体験に基づいたその信念は変わりません。

妻・虹子が主催し、たくさんの人々が集まって盛大に催された荒岩の誕生日会。ところがここでも主役であるはずの荒岩は台所に立ち続け、来てくれた人たちにひたすら料理をふるまいます。たまらず虹子や荒岩の部下たちがその役目を交代するよう説得するのですが、荒岩はこう言ってやんわりと拒否します。

「自分の作った料理を食べてくれて、みんながそれで笑顔になってくれて、オレにはそれが一番のプレゼントなんだよ」

彼には「たくさんの人々が集まって自分を祝ってくれる」ことより、「集まってくれたみんなに美味しい料理を食べてもらって笑顔で帰ってもらう」ことのほうが大きな喜びだったのです。やはりここでも、初めて料理を作ったときと変わらない「誰かの笑顔を見たいから」という明確な理由と成功体験が垣間見えます。

この場面に限らず、荒岩はなぜ料理をするのか聞かれると、必ず「食べてくれる人の笑顔が好きなんだ」という内容の返答をしています。

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自分の料理を食べたすべての人に心から笑顔になってほしい。そんな小さな成功体験を日々味わいながら、彼は今日も博多のどこかで料理を作り続けているのです。

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山本 駿

山本 駿

NPO法人D.Live スタッフ / 高校非常勤教員(社会科) 京都出身。中学3年間不登校。岐阜県内の大学を卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画。主にTRY部や不登校講演事業を担当しながら、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。