学校へ行けないのは、ラーメンが嫌いなのと同じかもしれない。

キミは、学校に行けない自分を責めているかもしれない。みんなと比べて、「自分はダメだ」と思っているかもしれない。

でも、安心して欲しい。

キミは、別に変わってもいないし、誰かと比べて劣っているわけでもない。

僕は、小学一年生のとき、担任の先生に「あなたは、私には理解できません」と言われた。

子ども心に、すごく傷ついた。

自分は先生に理解できない変なヤツなのだろうか?
みんなとなにが違っているのだろうか?

「普通」になりたいと願い、なんとかしたいと思った。

けれど、無理だった。

僕には、そのままの自分が「普通」であって、みんなが望む「普通」がわからなかったから。

日本では、みんな一緒であるべきだと言われる。

みんなと同じようにして、はみ出してはいけない。

「普通」というのをとても大事にされる。

では、キミに聞きたい。

「普通とは、いったいなんだろう?」

学校に行けないことは、普通ではないのだろうか?

僕はそうは思わない。

「学校へ行くことが当たり前」というのは、誰かが決めた思い込みに過ぎない。

極端な話をしよう。

キミは、戦争をしているところに行ったとする。
そこで、敵を殴ることは悪いことだろうか?

僕たちは、人を傷つけないことが「普通」だと習ってきた。

でも、違う場所へ行けば、「当たり前」は変わる。

戦争をしている場所であれば、相手を倒すことが「普通」になる。

学校へ行けないことは、ラーメンが嫌いなことと同じだと僕は思うんだ。

日本人の多くは、ラーメンが好きだ。
ラーメンが好き、もしくは嫌いではない人がほとんど。

そんな中で、「私、ラーメンが嫌いなんです」と言ったらどうだろう?

「え? なんでなん? 美味しいやん」と、いろんな人に言われる。

「変わっている」「あり得ない」とまで言われるかもしれない。

たくさんの人はラーメンが好きであっても、中にはラーメンが食べられ人もいる。

ほとんどの人が出来ても、出来ない人もいるのだ。

キミは、ラーメンが嫌いな人を見て、「あの人は劣っている」「ダメな人間だ」と思うだろうか?

きっとそうは思わないハズだ。

それは、人には好き嫌いがあって当たり前だと思っているから。

では、なぜキミは学校へ行けていない自分を責めるのだろうか?

みんなが学校へ行けているから?
行くことが当たり前だから?

それは、「みんながラーメン好きだから、自分も無理して食べないといけない」と思うようなものだ。

そりゃ、ラーメンが食べられたら、友達とラーメン屋へ行けるようになる。
ラーメンの話題が出来たときに、盛り上がることができる。

ラーメンが食べられたらもちろん良いだろう。

でも、そこで「ああ、どうしてラーメンが食べられないのかしら」と悩む必要なんてない。

泣きながら無理してラーメンを食べられるようにすることもない。

ただ、「自分はラーメンが食べられないんだな」と受け入れるだけ。

みんなにとって学校へ行くことは当たり前かもしれない。

しかし、それは自分ではなく誰かにとって。

キミが学校へ行けないのであれば、「学校へ行けないのが当たり前」だと思えばいい。

学校に行けた方がいいだろう。
勉強に遅れがでるたびに、あせるかもかもしれない。友達に会いたいと思うかも知れない。

でも、学校へ行けないのであれば、「そういうものだ」と思ったらいい。

ラーメンが嫌いな人は、別に自分で選んでラーメン嫌いになったわけではない。

たまたま偶然、ラーメンがダメだったんだ。

キミも同じだ。

能力や才能、性格、努力。
そんなものは、関係ない。

ただ、残念ながら学校へ行けないだけ。

キミは、なにも劣っていないし、ダメ人間でもない。

学校へ行けないのは、キミが悪いわけじゃない。

「もっと自分がガンバらないと」なんて思う必要もない。

安心して欲しい。

学校へ行けていない子どもは、キミだけじゃない。

全国には12万人以上、学校へ行けない子がいると言われている。

この数を言われたところで、よくわからないだろう。

わかりやすく、例で示そう。

プロ野球の読売巨人軍の本拠地である東京ドーム。ここの収容人数が、55000人だ。

つまり、東京ドームが2日間超満員になるくらいよ人数が学校へ行けていないということ。

どうだろう?

こう考えてみると、「自分だけ……」という気持ちは薄まるのではないだろうか。

世の中には、不登校だった大人はたくさんいる。

星野源もマツコ・デラックスもそうだ。

僕も、学校へ行けなかった子どもだった。

大丈夫。
キミは、決して変わっていないし、ダメな人間じゃない。

今のキミに学校が合わなかっただけだ。

ラーメンが食べられない人がいるように、学校へ行けない子どもがいる。

たまたま、それがキミだっただけのこと。

大丈夫。なにも問題なんてない。

ラーメンが食べられないんだったら、うどんを食べたらいいだけだ。つけ麺なら食べられるかも知れない。

無理してラーメンを食べることはない。

代わりは、いくらだってある。

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    この記事を書いた人

    1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒

    中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。
    しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。
    野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。
    浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。
    友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。
    フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。
    京都新聞にして子育てコラムを連載中。
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