「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」―びーんずネットさんからいただいた『雲の向こうはいつも青空』を読んで

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弊団体が月に1度お届けしているYouTube生配信「ざつだんD.Live」の昨年11月の放送でゲストにお迎えした「びーんずネット」さんより、年末に思いがけず「クリスマスプレゼント」をいただきました。(びーんずネットさんとの配信の様子はこちらからごらんください)

びーんずネットさんは神奈川県を拠点に、不登校の子どもを持つ保護者の方に向けてセミナーなどの活動をされている団体です。その一環として『雲の向こうはいつも青空』という、不登校インタビュー事例集をこれまで4冊刊行されています。

今回クリスマスプレゼントにいただいたのは、事例集の2冊目でした。

自分が不登校を経験したケース、子どもが兄弟揃って不登校になったケース、「不登校」という言葉が生まれる前に不登校になったケース・・・読んでいて、これは真摯に受け止めなければならない、と気がつけば姿勢をピンと正して読んでいる自分の姿に気がつきました。

それほどに重く、新たな気づきを得られる冊子だと思ったのが、読後第一の感想でした。

たとえば、兄弟揃って不登校になった、という話は実はよくあります。自分の周囲にも思い返すだけで5組、兄弟揃って不登校になった友人知人がいます。そのほとんどが「上の子が行かなくなったのを見て、下の子も行かなくなった」というパターンでした。

しかし、この事例集に収録されている兄弟揃って不登校になったケースでは、お兄ちゃんは生まれ持つ特性がゆえについていけなくなったのに対し、弟は「担任がほかの先生や保護者がいないところでものすごく怒るのが怖い」という理由で不登校になっていた。

つまり、兄弟で不登校の理由がまるで大きく違ったわけです。

この事例はまさに「目からうろこ」でした。同時に、これまで兄弟揃って不登校になった友人知人の中でも、とりわけ下の子については「お兄ちゃん(お姉ちゃん)が行かなくなったからいいやと思った」という理由の裏に本音が隠されているのかもしれない、とすら思いました。

自分自身も不登校の当事者でした。もう20年弱「不登校」と歩んでいます。人生の半分以上「不登校」という言葉がついてまわるほどになりました。自分自身も大人になってからこのD.Liveブログで、個人のnoteで、中学1年の春から端を発した不登校の体験談をたくさん綴ってきました。

それでもなお、不登校のことは知らないことだらけなのです。

ところで、こうした不登校の事例や体験談はなんのためにあるのか。

前述した自分の不登校の体験談を書きはじめたころ、これを読んだ不登校の当事者の人たちの背中を押せたらいいな、と思っていたところもありました。ところが、最近になってこの考えが少し変わってきました。

きっかけになったのは、自分が高校の教員になり、歴史を教え始めたことです。

1800年代に活躍したドイツの鉄血宰相・ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言い残しています。この「歴史」という言葉こそが不登校の世界で言う「事例」や「経験談」であると、あるときから考えるようになりました。

『雲の向こうはいつも青空』に収録されている事例集は、決して読み手のいまの状況と比較するために書かれたものではありません。比較の目線で読むと「うちの子はもっと辛い思いをしている!!」などと視野が狭い捉え方でますます落ち込んでしまうことにもなりかねません。

そもそも不登校は十人十色です。人それぞれの理由で不登校になり、人それぞれの人生を歩んでいるわけです。我が子や自分自身が突然学校にいけなくなって目の前が真っ暗になるというその気持ちは重々理解しています。しかし僕はこうした「比較」はまったくもって無意味だと思っています。

そうではなく、様々な事例と言う名の「歴史」を通じて様々な状況に対応できる術を学んだり、「こういう道があるんだな」ということを知っておく。これこそが、『雲の向こうはいつも青空』が発刊された意義の大きな一つではないか、と事例を読み進めていて強く思いました。

そういう意味で、僕自身ももっと不登校の体験談、あのとき思っていたことを書き残していかなければならない、とも『雲の向こうはいつも青空』を閉じたあとに痛感しました。

『孫子』という兵法書は、いまから2500年も前の中国春秋時代に記された書物です。ここに記された戦争の準備、兵の配置、戦術などはその後世界史で数多勃発した戦争にも役立てられ、いまでもその考え方を含めて現代語訳として出版されるほど語り継がれています。

2500年も途切れず残されているということは、それほど確立した考え方であるという何よりの証拠です。何百年、何千年と時代が移り変わっても、この古典を戦争に限らずあらゆる物事の見方に役立てている人たちがいます。これこそが「歴史に学ぶ」ということです。

さすがにそこまで不登校の体験談が語り継がれるとは思っていませんが、こうして世に発表したり、事例として書物に残すということは、不登校の歴史を紡ぐということです。その「歴史」に、これからますます増えるであろう不登校の当事者、子どもたちが救われていくことは間違いないと思います。

冊子はもちろんのこと、びーんずネットさんにはいろんな気づきをクリスマスプレゼントとしていただきました。本当にありがとうございました!YouTube生配信に限らず、またなにかの形でご一緒できればとても嬉しいです。

なお、3月に発刊予定の『雲の向こうはいつも青空』Vol.5には、弊団体代表・田中洋輔のインタビューが収録される予定になっています。こちらもぜひお楽しみに。

そしてもうひとつ、ものすごい余談なのですが、びーんずネットさんからいただく冊子が入っている封筒には、この「び」のシールで必ず封がしてあります。

僕はこの「び」のシールが、たまらなく大好きです。

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山本 駿

山本 駿

子どものころより人一倍敏感な特性を持ち、中学3年間を不登校で過ごす。大学卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画し、現在は通信制高校教員を両立しながらTRY部や不登校講演事業を中心に担当。HSP(Highly Sensitive Person)特有の繊細さを活かし、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。