コロナ禍の今、手段の目的化で改めて思う「学校へ通うことの意味」

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あれはもう半年も前のことになるんでしょうか。

緊急事態宣言が全47都道府県に宣言され、おおげさに書くなら新型コロナウイルスという見えない敵と全国民が対峙するような、そんな世界が急に始まりました。当然学校も休校、行き場を失った子どもたちは毎日のように近隣の公園で遊んだり、ひとつの画面を囲んでゲームをする生活が何週間も続きました。

あのとき、僕の家の近くの公園では「今は我慢しよう」という横断幕が飾られ、テレビをつければ数週間後に迫ったGWに「みんな外出しちゃだめだよ!」と声を荒げる有名人がいました。SNSでも外に出ようとするユーザーが炎上の対象になり、「うちに来ないで」と発言する県知事まで現れました。

そのうち僕は、みんななんのために自粛しているんだろう?という疑問をいだきました。

いわゆる「手段の目的化」というやつです。

「今は我慢しよう」も「みんな外出しちゃだめだよ!」も「うちに来ないで」も、なんか「自粛することが目的」という情報の発し方にしか思えませんでした。本来は「新型コロナウイルスに罹患しない」という目的があるはずなのに、いつの間にか話がすり替わってる気がして、非常にもやもやしました。

そして、コロナ禍では感染防止対策のひとつの手段として「8割人との接触を減らす」ことが有益とされました。ところがこれも知らない間に「目的化」してしまって、「8割人との接触を減らすこと」が目的の生活になっているような、そんな雰囲気すら感じました。

この「手段の目的化」というものは、不登校支援の場でも往々にしてよくある、そして考える必要のある話です。

不登校になった子どもの保護者の中には、あまりにも「学級復帰」しか眼中になくて、とにかく学校へ戻そう、戻そうという関わりをしてしまう方もおられます。「再び学校へ通ってくれればそれでいい」と言わんばかりに行き渋る子どもを家から出したり、起きない子どもの布団を引き剥がす。

これらはまさに「学校へ行くことが目的」というアプローチだと思います。

しかし、学校へ通うことは果たして「目的」なのでしょうか?

僕は「学校へ通う」という行動そのものに関してはあくまでも「将来を考える手段のひとつ」と認識しています。逆に言えば、それ相応の知識や学力の幅を広げ、対人関係やコミュニケーションなどの経験を積める場所であれば、学校であることに拘る必要はないと考えています。

勘違いしてはいけないのは、「学校に来る」こと自体は、社会の中でよりよく生きていけるようにするための一つの「手段」にすぎないということです。たとえ、何らかの事情で学校に行けなくなったりしても、学校以外にも学びの場はありますし、社会とつながることだってできます。(中略)逆に、学校にきて学習指導要領に定められたカリキュラムをこなしても、知識を丸暗記してテストでよい点をとれるようになっても、社会でよりよく生きていけるとは限りません。

引用:工藤勇一(2018)『学校の「当たり前」をやめた。-生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』時事通信社 P65

これは現在は横浜の私立学校の校長を務めている工藤勇一先生も、千代田区立麹町中学校長時代に書かれた本の中で同じことをおっしゃっています。工藤先生は麹町中時代、不登校の生徒全員と面談した上で、ある生徒には「進路の心配をする必要はない」「学校に来なくても大丈夫」と言ったそうです。

そうした中で、このコロナ禍です。

休校期間が長引く中で、一部の学校では「オンライン授業」を実施して教育の機会を確保していました。この「オンライン授業」、たしかに運営はものすごく大変なのですが、同時に「学校へ通うことの意味」を改めて考えさせられる大きな手段となりました。

要は、Zoomなどのビデオ通話サービスにログインさえすれば、あとは画面の向こうに先生がいて、やはり画面の向こうのクラスメイトと授業を受けることができるわけです。しかもZoomには「ブレイクアウトルーム」という個別通話機能もあるので、少人数で話し合う授業すらできてしまいます。

たしかに対面授業とは質がまったく異なりますが、自宅にいながらにして授業を受講することができる時代を迎えようとしているわけです。

さらに、今やYouTubeにアクセスすれば良質な授業動画もたくさんヒットします。僕が公私ともにたいへんお世話になっている「ムンディ先生」こと山崎圭一先生は、福岡県の公立高校教諭として教壇に立つ傍らでYouTubeに世界史・日本史・地理の授業動画を500本以上アップされている方です。

こうした授業動画はあくまでも収録された映像であるため、もちろんリアルタイムで質問できないなどの弱点もありますが、たとえば「先生が途中でうるさい生徒を怒らない」という利点もあります。この「先生が怒らない」というだけで安心して受講できる子どもたちは少なくないと思います。

ムンディ先生のようなYouTubeの授業動画は以前からありましたが、Zoomなどでのオンライン授業のやり方が広まりつつある今、「学校へ行くことが目的」という考え方はいずれ廃れていくのだと思います。コロナ禍は図らずも学校という場所のあり方まで変えていくのです。

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山本 駿

山本 駿

子どものころより人一倍敏感な特性を持ち、中学3年間を不登校で過ごす。大学卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画し、現在は通信制高校教員を両立しながらTRY部や不登校講演事業を中心に担当。HSP(Highly Sensitive Person)特有の繊細さを活かし、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。