高校生に教えてもらったyoutubeへの理解の変遷と、時間と距離をゼロにする力について

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だいたい1年くらい前のことです。

民生委員に向けた講演を1ヶ月後に控えていたころ、ある高校生の男の子と雑談する機会がありました。

講演の主旨は、思春期の子どもとの関わりかたを学ぶことだったので、これ幸いと高校生に聞いたんです。

 

「今度、講演でしゃべるんだけど、おじいちゃんおばあちゃん世代の人は、君たちのような年代の子と、どんな風に関わったらいいんだろう?」

「youtubeなに観てる?って聞いたらいいよ。『昔はyoutubeなんて…』って思われたたけど、もう今はyotubeの方がテレビより主役になってるやん!」

 

おぉ!これはいいぞと思ったぼくは、彼のアイデアをすぐに採用し、講演でも自分のアイデアかのようにドヤ顔でしゃべりました。皆さん、youtubeなに観ているの?って聞いてください。そして、教えてもらった動画をちょっと一緒に観るところから始めましょうと。

おかげさまで評判もよく、いい感じで講演を終えることができました。

 

 

なんで今になってこんな話をするかというと、彼の言葉が、youtubeの発展と大人の未来予測の誤りを象徴的に物語っていると思ったからです。

 

ぼくがyoutubeを初めて知ったのは大学生になってすぐの頃でした。だいたい15年くらい前でしょうか。2004年ごろにリリースされたそうなので、ぼくが知ったのは世に出て間もない頃ですね。当時は、テレビ番組を勝手にアップロードした動画やフラッシュ動画が多かったように思います。youtuberなんて、まだいませんでした。

youtubeがリリースされて数年後にニコニコ動画が日本で生まれて、一時期はニコニコ動画の方が圧倒的に人気でした。日本的ガラパゴス進化の1つになるかとも期待しましたが、結局ニコニコ動画の人気は下火になってしまいましたね。

 

それもそのはずで、Googleがyoutubeを買収してから一気にyoutubeは市民権を得ました。youtuberもこの辺りから誕生したようです。あまり詳しいことは分からないので間違っていたらごめんなさい。

 

youtuberも、日本で紹介された当初は歓迎されていませんでしたよね。勝手に撮影を始めて迷惑をかける人というイメージが強かったですし、いわゆる炎上系の動画がニュースにも取り上げられていました。youtuberはネガティブなイメージが先行していたことは大人の皆さんも記憶に新しいと思うんです。

高校生の彼が言った、「昔はyoutubeなんて…」という言葉も、このネガティブなイメージを受けてのことでしょう。

 

 

 

そんなyoutuberへのネガティブなイメージも、令和の時代には大きく変わりました。

通信インフラの発展も手伝って、イヤホンをしてyoutuberの動画を観る人が街のあちこちにいます。

 

 

初めてyoutubeを観た15年前のぼくは、こんな未来がくるなんて想像もしていませんでした。液晶テレビが発展していくんだろうな、くらいに思っていた気がします。

 

 

未来予測が外れて、思わぬところでテクノロジーが進化していくと、ついていくのが大変なんですよね。年を重ねれば重ねるほど新しいことへ適応するのが大変になっていきます。D.Liveでは子ども食堂みたいな事業をしているんですが、それを手伝ってくれている民生委員のおばあちゃんが先日言っていました。

「Gotoとかなんかゆうてるけど、もう私にはなんのことかサッパリやわ。ついていかれへんねーん。」

 

ぼくもきっと年を取るにつれて似たようなことを言う気がします。いずれ、技術の進歩についていけなくなるでしょう。それでも別に構いません。しかし、今の自分はまだ未来予測の誤りを反省し、やり直すだけの知的な体力はあります。youtubeに未来や可能性があることも分かりました。

 

 

今、youtubeは動画の視聴だけじゃなく、コミュニティとして働きつつあります。

youtuberのライブ配信中にファンがコメント欄で交流するんです。youtuberとファンの交流じゃないですよ。もちろんそれもありますけど、ファン同士が交流するんです。ライブ配信を観ながら、配信の内容についてコメントし合ったり、時には配信に関係ないことで盛り上がったりするそうです。

おそらくテレビのデジタル放送やdボタンがやりたかった双方向なやりとりを、youtubeが実現しているんです。

 

ぼくはネット上で他の人とうまくやり取りする自信がないので、コメントもしたことないんですが、『雑談D.Live』で視聴者が交流してるのを目の前で見ているので、この現象が嘘ではないことはわかります。

 

 

この記事を書いている2020年10月。代表の田中に表に出てもらって、今年3回目のクラウドファンディングというか、もうほぼほぼ募金をしています。

キャンペーンサイトはこちら

https://syncable.biz/campaign/1247/

 

 

最初にこの案が出たときは、理解を得られるのは難しいだろうと思っていました。

15年前のぼくと同じようにyoutubeを娯楽の一つとしてしか捉えていない人からしたら、今回のクラウドファンディングの主旨はもうチンプンカンプンだからです。

 

チンプンカンプンな人も多い中で、このキャンペーンを打ってもどれだけの人が理解してくれるんだろうという心配や不安も小さくありませんでした。

 

しかし、知人から不登校の相談をもらってから立場を変えました。

詳しいことは割愛しますが、フリースクールも不登校の親の会も無い自治体に住んでいるんだけど、親としてはどうすればいいのか、そして何か支援団体を知らないだろうかという相談でした。もちろん、ぼくたちD.Liveが活動する場所からも遠く離れています。結局、知人にはいくつかの提案とD.Liveの動画を紹介しました。

 

 

フリースクールも不登校の親の会もなく、教育委員会の教育支援センターもアクセスし辛い。

そんな地域で、不登校に一人で悩んでいる親御さんはきっとぼくが想像しているよりも多いんだと、知人からの相談で気付きました。そんな地域にD.Liveがコンビニのごとくフリースクールを作れたらいいんでしょうけど、そんな体力も財力もD.Liveにはありません。時間も距離もゼロにできる動画やオンラインのサービスしか、いますぐに届けられるものはないんです。

 

不登校の悩みを一人で悩みを抱えざるを得ない地域資源の少ないところにまで助けの手を伸ばす。そう考えると、このクラウドファンディングを機会に、チャンネル登録10,000人をめざすのは筋の悪い話じゃないと思えたのです。

 

 

youtubeでは、検索したワードに関する動画が、質の良し悪しに関係なくブワッと出てきます。初めて「不登校」で検索したときに、何を見ればいいのかきっと迷うでしょう。親御さんが信頼できる動画を見つけられるために、チャンネル登録者数が基準の1つになります。

 

単純な話です。「いま、売れています」というキャッチコピーに弱いでしょう、ぼくたちは。同じです。

チャンネル登録者数が多いと、それだけ信頼性の担保になります。D.Liveの考えを知ってもらいやすくなります。フリースクールも不登校の親の会もないところでも、不登校について学びやすくなります。

 

 

自分が経験したことのない辛さやしんどさは想像するしかないんですけど、「助けが何もない」のと、「何か1つでも助けがある」のとでは気持ちの面でも大きな差があります。その気持ちを今回のクラウドファンディングで、一緒に作ってもらえませんでしょうか。

いただいたご支援が、いつ、どこで、誰に、どのように役立つのかが見えにくいことは重々承知しています。

5年後に不登校に悩んだお母さんのためになるかもしれないし、明日引きこもりの子どもが見つけるかもしれません。こればっかりは分からないんですが、暗闇にそっと明かりを灯すような、このキャンペーン。ご協力いただけますと幸いです。

キャンペーンサイトはこちら

https://syncable.biz/campaign/1247/

 

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得津 秀頼

得津 秀頼

D.Live副理事/元小学校教員 自分に自信が持てない、自分を好きになれない、そんな人が自分を好きになり前向きにチャレンジできる社会を創るためにD.Liveを立ち上げた。 自尊感情に関心が高く、D.Live内では主に自尊感情に関する事業を担当。