怒りを感じても大丈夫。「怒りのままに行動しない」ことを目指そう

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このブログで何度も書いた話ですが、僕は「怒鳴り声」や「誰かが怒っている」というシチュエーションが本当に苦手です。とても敏感な特性(HSP)を持っているので、ちょっと気配を察知したら動けそうなら自分から避難するようなこともしばしばあります。

そういうこともあり、僕はなるべく「怒り」という感情表現を人前でやらないことを心がけています。ただし、これはあくまでも「怒り」という感情を人前で出すことを避けているだけであって、普段僕が何に対しても怒りを感じないか、と言われればそれはまったく別問題の話です。

そして、子育てにおいて「怒ってはいけない」と言われるものはすべて、「怒って(行動して)はいけない」ということなのだろう、と思います。

半年ほど前に、こんなことを書きました。

この間、バスに乗っていると、横の席で幼い子どもの兄弟喧嘩がはじまりました。それ自体はよくある話なのですが、その喧嘩を仲裁するのに、お父さんが上のお兄ちゃんの頭を思いっきりゲンコツで殴ったのです。僕の目の前で。

唖然としました。このお父さんは、なんで数多ある喧嘩の仲裁方法のなかから、よりによって「お兄ちゃんの頭をゲンコツで殴る」というやり方を選んだのだろう、と。

それくらいお父さんは腹を立てていたのかもしれない。しかし、子どもや人を注意するときに、感情任せで上から圧力をかけるような叱り方をするのは、僕は少し違うのではないかと思います。まして赤の他人がいる状況ではなおさらです。正直、ゲンコツを振りかざした瞬間、僕はすごく怖かったです。

引用:それ、本当に子どもを「怒鳴る」必要がありましたか? – D.Live

この出来事もそうなのですが、「怒りに任せて出た行動」というのは、本人はもちろん第三者にも危害や不快な気持ちを与えることにつながります。

このとき僕は「すごく怖かった」という表現を使いましたが、同時に「かなりイラッとした」のも事実で、実際僕はこのバスを目的地のかなり手前で降りました。それはバス酔いで少し気持ち悪かったのもあったのですが、このお父さんのゲンコツによって、車内が嫌なムードになっていたのを察知したからです。

仮に僕がここで「怒りに任せて」行動していればどうなったか。たとえばこの親子を怒鳴ったり、お父さんよろしくゲンコツを食らわせたりすれば、おそらく即座に警察沙汰になっていたでしょう。しかし僕はこの状況に内心イライラしつつ、それを抑えて自分がバスを降りる、という行動で回避しました。

もう1度書きますが、「怒りに任せて出た行動」というのは、本人はもちろん第三者にも危害や不快な気持ちを与えるのです。それほど危険な行為だと断言できます。

喜怒哀楽、という言葉があるぐらいですから、別に「怒ってもいい」のです。自分が怒る分には何も問題はありませんし、人間同士の付き合いで怒りを感じないほうが逆に少数なのではないかと思います。

とくに子育てだと、親である自分ですら理解のできない子どもの行動に腹を立てている、ついつい怒ってしまう、と自己嫌悪してしまう方も多いのではないでしょうか。でもここで問題なのは、「子どもの行動に腹が立つ」ことではなくて、「子どもの行動に腹を立てて行動してしまう」ことです。

 ここで勘違いしないでいただきたいのは、怒りやイライラといった感情を否定しているのではないということです。様々な思いや感情を持つのは、とても自然なこと。(中略)

 目指したいのは、「イライラしない」「怒らない」ようにすることではなく、「イライラや怒りのまま行動しない」「相手に怒りやイライラをぶつけない」ようにすることです。

引用:長岡真意子(2019)『敏感っ子を育てるママの不安がなくなる本』秀和システム P176

「子どもの行動に腹を立てて、怒鳴り散らしてしまう」という行動が「怒る」ということならばそれは「怒らない」ことを目指すべきなのかもしれませんが、実際には「子どもの行動に腹を立てて」の時点ですでに「怒る」という意味をなしています。正確に書けば「怒りを感じている」わけです。

何かに対して腹を立てるという行動に関しては本当によくある話です。しかし、「腹を立てたから」怒鳴り散らしてしまった、という行動については別々に切り離して考えなければなりません。実際に冷静になったとき「なんでこんなことをしたのだろう」と後悔したことがある人も多いはずです。

でもそれは「怒ったから」ではなくて「怒りのままに行動したから」そうなったと考えられます。

先に引用したバスでの出来事で考えましょう。このとき、お父さんは混み合うバスでの兄弟喧嘩に腹を立てたのは事実でしょう。ここまではよくある話です。しかしお父さんはここで、「怒りに任せて」上のお兄ちゃんの頭をゲンコツで殴ったわけです。

引用した記事でも書きましたが、なんで「数多ある喧嘩の仲裁方法のなかから、よりによって「お兄ちゃんの頭をゲンコツで殴る」というやり方を選んだのだろう」という話です。この喧嘩を止めたいのなら、第三者に不愉快な気持ちを与えずにストップさせる方法がいくらでもあるはずなのです。

ここまで書いて、「じゃあ怒りに任せず行動しないためにはどうすればいいの?」とお思いの方も多いと思います。

たとえば、ちょうど今読んでいる本にはこんな対処法が書いてあります。

今は、ぼく自身も怒りをコントロールすることを練習中です。マークのやることに腹が立ったら、怒る代わりに、そのことを説明するようにしてます。そしたら息子も、前みたいに不機嫌じゃなくなってきたし、腹を立てることも減ったんですよ。

(中略)

もっと腹立ちがひどいときは、家内にバトンタッチします。頭が冷えて、もっと物ごとを広い視野で見られるようになるまで、休憩するんですよ。この方法はうまくいってると言っていいと思います。

引用:パトリック・J. キルカー 、パトリシア・O. クイン(2002)『 自分で自分をもてあましている君へ―あきらめないよ、ADHDの君の将来』(ニキ・リンコ訳)花風社 pp.97-98

とくに後者に関しては、僕が実践している「自分から避難する」という対処法と似通っていると思います。これは本当に便利で、まずいなと感じたらすました顔でお手洗いに行けば解決します。実際に「その場を一度離れる」というやり方を解説している子育て本もあります。

このほかにも「怒りを感じたら、6秒間我慢する」という方法や、「アンガーログ」と言って自分が実際に怒りを感じた場面を記録しておくという方法もあります。とくにアンガーログに関しては、自分が怒りを感じやすい状況を可視化することで、自分の限界を知ることができるという利点もあります。

つまり、「自分の怒りへの対処」というのは、いくらでもあるのです。こうした怒りとの付き合い方は「アンガーマネジメント」として、最近では多くの本が出版されていますし、アンガーマネジメントの中でも子育てに特化した本もあります。

子育てや子どもに関わる場面できちんと注意をする必要があるとき、ついつい「怒鳴ってしまう」自覚がある人は、ぜひ「アンガーマネジメント」を知ってほしいです。それが子どもはもちろん、たまたまその場面に居合わせてしまった第三者にも迷惑をかけないことにもつながります。

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山本 駿

山本 駿

子どものころより人一倍敏感な特性を持ち、中学3年間を不登校で過ごす。大学卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画し、現在は通信制高校教員を両立しながらTRY部や不登校講演事業を中心に担当。HSP(Highly Sensitive Person)特有の繊細さを活かし、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。