ガンバる子育ての終焉。もう無理してガンバるのは、やめにしよう。

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毎日のように保護者の人とLINEをしている。

「大変ですね」とか「返事は急がないですよ」なんて言われるけれど、できるだけ早く返信するようにしているし、この時間が楽しいなと思っている。

講演も講座も、楽しくて仕方がない。

そして、面談も。

「悩みやしんどい話を聞いて、自分自身がしんどくなることはないのですか?」と聞かれることもあるけれど、まったくそんなことはない。

先日、子育て支援をしている人たちに話を聞くと、多くの人たちはしんどくなるそうだ。

ふむふむ、そうなのか。

僕にはまったく当てはまらないので、「え? どうして、しんどくなるんですかね?」と、あっけらかんと質問する始末だった。

LINEで保護者とやりとりをしていたとき、「田中さんの一所懸命さが伝わってくるので、とても好きです」と告白された。

ほうほうと思った。

”一所懸命”か、と。

そう言われて思い返してみると、たしかに熱量を込めて話している。

なんとか届けようと思って、言葉を紡いでいる。

こうして文章を書いているのも同じだ。

Youtubeも講演もブログも、懸命にやっている。

なぜか?

理由は、ひとつだ。

伝えたいことがあるから。
僕は保護者の姿を見るに、過去の自分と「同じだな」と感じている。
僕には、ずっとコンプレックスがあった。
劣等感を持って生きてきた。

なにをしても、自分に自信が持てなかった。

とにかく、結果を出すことで「自信」が得られるだろうと思って、努力をするけれど、不安はいつまでも消えることがなかった。
子どもが不登校になると保護者は不安になる。
どうしたらいいのだろう……と、迷う。
「これまでの私の育て方が悪かったのかもしれない」と自分を責める。

僕も同じだ。

ずっと自分を責めてきた。

プロ野球選手に憧れ、大阪の強豪校に入学したものの、1年もたたずに挫折した。

そのときのことをずっと引きずっていた。

高校にも行かなくなり、浪人して、大学に入学してもその後悔は消えることがなかった。

ずっとずっと自分を責めて生きてきた。
自分を責めることを原動力にして、生きてきた。

ガンバれ、ガンバれ、ガンバれ。

自分を必死に鼓舞し、「ガンバれば報われる」と信じて、ただ懸命に生きた。

でも、ガンバった先にあったのは疲弊だけであり、苦しみしか残らなかった。
そんな僕を救ってくれたのは、たった一言だった。

NPO研修のとき。

介護保険制度のモデルをつくった石川治江さんに「あなたは、もう自分を赦(ゆる)しなさい」と言われた。

え?

気がつけば、涙が出ていた。

自分でも気がつかなかった。

自分で自分をずっと傷つけていたことにすら気がついていなかった。

自分を追い込んでガンバることが正義だと思っていた。

でも、それは間違っていた。

「まずは、自分を許すこと。自分を受け容れることができれば、きっと子どもとの関わり方も変わるわよ」

[多くの社会起業家が母と慕う経営者・石川治江とは何者か。]
治江さんに言われたように、僕はそこから子どもとの関わりが劇的に変わった。

すごくゆるくなった。

自然体で関われるようになった。

そして、仕事も楽しんで出来るようになった。

自分を赦すことで、心がラクになったのだ。
日本には、未だに”ガンバれ信仰”みたいなものがある。

自分を犠牲にしてガンバる。
必死でガンバる。

特に子育ては、そうだ。

献身的な姿が奨励される。

とにかく、ガンバれ、ガンバれ、ガンバれ。

「いや、これ以上、どうガンバるんだ?」と思うくらいに、ガンバることを強要してくる。

もしかしたら、そこまで強要していないかもしれない。

でも、本人からすれば、そのように感じる。

少なくとも僕は、生きていく上で「ガンバるべき」だと思っていた。

「ガンバれば報われる」と信じていた。
しかし、そんなものは幻想だった……。

未だに、ガンバれ信仰は根強い。

だからこそ、僕は苦しみ、自分を責めている保護者の人たちに言いたいのだ。

「ガンバらなくていい」と。

高度経済成長期(1954年 〜 1973年)は、ガンバれば報われた。みんなが日本を立て直すことに必死だった。

”Japan as No1”(1979年)と言われ、日本は成長を続けていく。

しかし、1991年にバブルが崩壊すると、そこから日本はどんどん落ちてしまう。

”失われた30年”と言われるくらい、平成の時代は、日本にとって長く苦しい時代だった。

そんな時代に僕たちは生きている。

にも関わらず、未だにガンバれ信仰がある。

ガンバる美徳のようになものだろうか。

おしんのように、ただ耐えることが、日本では未だに賞賛されているのだろうか?

僕は、そうは思わない。

流れは確実に変わってきている。

潮目が変わってきているなと感じる。

“レンタル なんもしない人”が、NHK『ドキュメント72時間』(4月26日放送)で特集された。

1日、100食しか販売しない飲食店『佰食屋』(ひゃくしょくや)がたくさんのメディアで取り上げられている。

なぜシングルマザーや障害者も働くことができるのか 一日百食限定、京都女性社長の店から働き方改革を問う 

『しょぼい起業で⽣きていく』がベストセラーになった。

“しょぼい起業家”が説く、20代が生きづらさを払拭する術「キャバクラ化したオンラインサロンには入るな」「可愛がられる子分になれ」

ドラマでは、『逃げるは恥だが役に立つ』が大ヒットした。
もうみんなどこかで分かってる。

ガンバるだけでは、限界があるんだ、と。
逃げないで、耐える。
耐えきってガンバるは、もう難しい。

でも、僕たちはひたすらに「耐えること」「ガンバること」しか教わってきていない。

その中で、疲弊し、しんどくなってしまった中に不登校の子どもたちがいる。

彼らも「ガンバろう」と思うけれど、ガンバれなくなってしまった人の一人だ。
「ガンバらなくてもいい」
「イヤなことからは、逃げよう」

僕は、とにかくこの言葉を子どもたちや保護者に伝えたい。

そして、「自分を赦してあげよう」と。
ただ……。

ただ、問題がある。

「ガンバらないでどうしたらいいの?」
「イヤなことから逃げて、どうする?」

という現実的な問題が残る。

『しょぼい起業』や『しょぼい喫茶店』は、そのうちの解決策の一つになるんだけれど、子育てではそうはいかない。

完全に逃げてしまうと、それはもう育児放棄だ。

どうやってイヤなことから逃げる?
どうやって自分を赦す?
どうやって、ガンバらずに子育てをしていく?

そんな具体的な方法や対策、考え方などを僕は必死で、しんどさを抱えながら子育てをしている人たちと一緒に考えていきたい。

「こうしましょう!」なんて上から目線でアドバイスするつもりなんてさらさらない。

「どうしたらいいですかねぇ?」と一緒に考えていく。

いつだって、文化祭を企画して、実行していく学生のような気分だ。

だからこそ、僕は保護者のかたたちとコミュニケーションをとるのが楽しい。

出来ないこと。分からないこと。どうしたらいいのか見えないこと。

それを一緒に考えて、明るい未来に向けて歩いて行くことができるから。

ガンバらなくていい。
無理しなくていい。
自分を責める必要もない。

ただ、自分のありのままで、ラクに楽しく生きられるように。

そのために、僕は今日もLINEに返事をしていく。

 

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田中 洋輔

田中 洋輔

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒 中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。 しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。 野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。 浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。 友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。 フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。 京都新聞にして子育てコラムを連載中。 詳しいプロフィールはコチラから