人と違うことをすることで生き延びた僕は「集団恐怖症」だったんだ

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先月末放送された、NHKスペシャル『シリーズ 子どもの声なき声(2)「“不登校”44万人の衝撃」』。

この番組で流された序盤のVTRに、僕は思わず言葉を失いました。

中学校の講堂のような場所で、制服を着た集団が、一糸乱れず「よろしくお願いします!」と壇上に向かって深々と頭を下げる。その頭を下げるタイミングも、再び頭を上げるタイミングも、ほとんど誰ひとりズレがない。足元には、まったく同じ場所同じ方向に揃えられた履物がずらり。

「あ、これがだめだったんだ」

いっしょに卒業しよう!とクラスメイトに誘われて出席した卒業式の予行練習。集団の中で卒業間際でもなお着慣れぬ制服に身を包み、個性を完全に殺した状態で一礼を命じられたことを思い出しました。

それまで何度も繰り返されていた一礼のタイミングが揃いすぎていて「気持ち悪い」という感情を隠せなかった僕は、「わざと」一礼するタイミングを人よりずらしました。つまり人より早く頭を上げたのです。

案の定叱られました。「礼はみんなで揃えるように」と。

そうしないと失礼だろう、というメッセージは言われなくてもわかっていました。僕は一人っ子で昔から大人という大人に囲まれて育ってきた身です。口酸っぱく他人に対する礼儀や行儀を叩き込まれていました。しかも人一倍敏感な性格だった僕は、この場面で「礼をしなければならない」と強く感じていました。

だから決して壇上に一礼したくないわけではなかったのです。

ただただ、みんなと同じタイミングで、揃えて一礼するのが嫌だっただけ。

これ以降、卒業式の予行練習はもちろん、卒業式で自分がどう集団の中に入ったのか、どう卒業証書を受け取ったのか、いっさいの記憶はありません。ただ、たぶんこんなこと誰もわかってくれないんだろうな、という諦めの気持ちが、思春期真っ只中の僕のなかには確かにありました。

本当に昔から集団行動が苦手でした。

それは逆に言えば、子どものころから「人と違うことをする」ことが大好きだったとも言えます。

全学年80人で合奏をしたとき、何人もいるリコーダーや鍵盤ハーモニカのパートだけはどうしてもどうしてもやりたくなくて、死に物狂いで打楽器演奏者を選ぶオーディションに臨み、見事ひとりしかできない大太鼓の役をもらったときは、それはそれは嬉しかったです。

ドッジボールをやるときは、(当たるのが嫌だったこともありますが)最初にひとりだけ回る必要のある外野のポジションによく好んで就いていました。たとえば生徒会委員になれば朝礼のとき集団の輪から外れて司会進行やもろもろの仕事をできるので、委員系の役職には自らすすんで立候補していました。

校外学習で工場見学をしたときにまとめ発表で使える写真を撮る係をひとり任されたこと、運動会の開会式で「うんどうかいの歌」を全校合唱したときに朝礼台の上からひとりで指揮をしたこと。思い返せば、小学校のころの楽しかった思い出は、みんな「人と違うことをした」という共通点があります。

この気持ちは、大人になった今でも何も変わりません。

大学3年の冬、駅のホームに貼ってあった「スティーブ・ジョブズのように顎に手をやるポーズ」で写ったリクルートスーツ姿の男女の証明写真がズラリと並んだ「マイナビ」の広告ポスターを眺めて、こんな没個性な世界ならば僕は絶対に就職活動なんてやらないでおこう、と決心しました。

不登校のパネルディスカッションのように複数の登壇者の方がおられる場に出向く際は、毎回服装という点においては失礼のないようにすることは大前提として、何よりも「ほかの登壇者と服の色合いが被らないかどうか」をものすごく気にします。

たとえば僕が青色のシャツを着て講演先に向かうと、同じ登壇者の方がやっぱり青色のシャツを着ていれば「あ!被った・・・」という気持ちになったりもします。これに限らずなんかの集合写真を撮ったあとも、「あの赤いシャツだったら誰とも被ってなかったなあ・・・」と思うこともよくあります。

ひどいときは、複数パターンの服装を用意して、「この色なら誰とも被っていない」とトイレでこそこそ着替えて出ていったこともあります。それほど「服の色が被る」ということを気にすることもあります。

僕は、こうして「人と違うことをする」ことで、今までの約30年間を生きてきました。

これは紛れもなく僕の個性です。

いまや、あなたの長所は?と聞かれたら、「人と同じことをするのが苦手だということです」と胸を張って答えます。それくらいこれは僕の強みだと思っています。

そして、この「人と違うことをする」ことを周りの環境が認めてくれていなければ、僕はこの世界からこっそりと姿を消していたかもしれない、と思います。

ぼく、集団恐怖症なんですよ」。

先日、弊団体D.Liveも参加した「滋賀教育系団体合同ボランティアマッチングフェア」。その中で参加団体のボランティアスタッフが登壇しての座談会があったのですが、我がD.Liveの代表として出てくれたインターンの大学生が、自分が集団に馴染めなかったことをこんな言葉で表現してくれました。

「それ、めっちゃわかる」

司会進行役として彼の横の席に座っていた僕は、思わず深く頷いてしまいました。

断っておきますが、僕は別に集団行動について否定しているわけではありません。集団行動にはもちろん利点もたくさんあります。ところが、その利点を承知してもなお、集団行動に馴染めない、同調圧力が息苦しい子どもたちや大人がいるということを、社会はもっと受け入れてほしいと思うときがあります。

こういった子どもたちは、決して協調性がないわけではありません。先生や大人に対して反抗したい気持ちが少しはあるのかもしれませんが、ただただ、人と同じことをするのが苦手、集団の中にいることがしんどいのです。その場の大人が嫌いで集団行動を離脱しようとしているわけではないのです。

そこだけは、どうか理解してほしい。

僕もこのあたりを何度も誤解され続けてきました。非常に理不尽な同調圧力をかけられたこともあります。「なんでですか?」と問うたところできっと大人は「当たり前だろう」「決まりだから」という、なんともよくわからない理由を返すんだろうなあ、と察知したことも数え切れないほどあります。

ぶっちゃけた話、この社会はみんなと同じ服装で働いたり、みんなと同じ行動をせずとも生きられる道はたくさんあります。「集団恐怖症」でもなんとかなる道ももちろんあります。現に、この年齢になってもなお集団行動が苦手な僕が、一応社会で働くことができているのですから。

「人と違うことをする」ことを強みとして、これからも集団の中にいることがしんどい子どもたちに背中を見せ続けようと思います。

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山本 駿

山本 駿

NPO法人D.Live スタッフ / 高校非常勤教員(社会科) 京都出身。中学3年間不登校。岐阜県内の大学を卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画。主にTRY部や不登校講演事業を担当しながら、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。