もし再び不登校に戻っても、それは決して「失敗」じゃない

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2019年度がはじまってはや1週間、入学式の便りも耳にする時期になりました。

新しい年度が始まるということは、環境がガラッと変わることを意味します。それに乗じて「新しい環境になるから、学校行ってみようかな」と不登校だった子どもが学級(学校)復帰することも多いと思います。

きっとその姿を見て、保護者の方は「ああ、よかった」と、我が子が学校へ戻ったことにほっと一安心・・・なんてこともあるのではないでしょうか。もちろん、学校に行けなかった子どもが自らの意思で学校復帰できるというのもまた、素晴らしいことです。今後の人生に必ず役立つ経験でしょう。

しかしながら、もちろん「新しい環境でもしんどい」と再び不登校になるケースもあります。こうなると、親の側からしたら「なんで?」「行くって言ったじゃないか」と思われるかもしれません。

1度行けなくなった学校という場所へ、再びなんの躊躇いもなく通い出すということは子どもにとって非常に勇気のいること、エネルギーがいることです。つまり、不登校だった子どもがやっぱりダメだ・・・となってしまうのは、まったくもって不思議なことではありません。

今日は確かに元気に学校から帰ってきた。でも、明日また元気に学校へ行けるかと言えば、それはまったくの別問題です。これは不登校経験のあるなしに関係ありません。不登校は、どんな元気な子どもでもなる可能性を秘めているからです。

新学期や新年度に1度「行く」と言った手前、子どもはもしかしたら無理しながら学校へ行き続けるかもしれません。あるいは「行く」と言って翌日やっぱり休んでしまった場合、「失敗した」と悔やんだり、自分で自分を責めることもあるかもしれません。

そんなとき、ぜひ家庭や学校ではそれを「失敗」と思わせないような関わりをしてください。

たとえば「今日は休んだけど、明日は行きなさい」という声かけは、子どもの目線からすれば「学校に行けない自分はダメな子」と言われているも同然です。「1度行けたからもう大丈夫でしょう」という関わり方をすれば、最悪2度と学校という場所に行かなくなってしまう可能性があります。

「学校に行けないこと」を一番良く思っていないのは、ほかならぬ学校に行けない本人です。繊細で敏感な子どもになると、目線ひとつで「学校に行ってほしいと思ってるんだな」と気づかせてしまうこともあります。なるべく、「学校に行けない」=「失敗」と思わせないことは非常に重要です。

僕は学校で世界史を教えているのですが、ひとつ大好きなエピソードがあります。

それは紀元前のころの古代ローマでのこと。当時はやはり戦争も多く、ローマ軍も「ポエニ戦争」と言われる戦いを繰り広げていました。あるとき、ローマは7万人もの死者を出す大敗を喫します。普通ならば、そんな惨敗を喫したリーダー、つまり将軍は何かしらの罰を受けてもおかしくありません。

でも、そのとき、ローマの市民は、件の負けた将軍を暖かく迎え入れていたといいます。

同じ地中海地域に繁栄した古代ギリシアは、戦争に負けた将軍は国外追放、つまり「二度とギリシアの地を踏むな」という考え方の持ち主でした。仮にギリシアに戻ってきても負けた将軍に待っているのは処刑。なので、負けたギリシアの将軍はあえて故郷に帰らなかったと言います。

その点、ローマの人々の負けた将軍に対する考え方は、「ベストを尽くして負けたのならしょうがない」というもの。負けてすごすご引き下がって帰ってくる時点で、すでに十分な社会的制裁を受けている。こうして、たとえ7万もの死者を出して負けた将軍ですら、ローマの人々は暖かく受け入れたのです。

そして、この7万もの死者を出して大損害を与えてしまった負けた将軍は、その後再び同じ将軍として再び戦地へ向かい、数々の戦争において手柄を上げたそうです。

当たり前ですが、戦う気がなかったり逃げてばっかりの将軍が許されているわけではありません。しかし、ベストを尽くして負けたのなら、次の戦争ではきっとこの屈辱と敗戦を教訓にして勝つに違いない、と、ローマの人々は負けた将軍を再び戦地へと送り出していたのです。

紀元前の時代から生きるこの考え方は、十二分に今も通用するものだと思います。

ギリシアは、ひとつの失敗が命取りでした。1度戦争に負けたら2度とギリシアには戻ってこれない。それに比べ、ローマは弱気に戦った場合は論外だが、ベストを尽くして負けたのならそれを生かしてもう1度チャンスをもらえる。

事実、ローマの人々のこの考え方がローマ繁栄の源となり、「パックス・ロマーナ」と呼ばれる世界史でも有数の平和な時代につながったと論じている本もあります。

今日も日本のどこかで、ついこの間まで不登校だった子どもたちが必死に慣れない学校という場で戦い、今ごろゆっくりと休んでいることでしょう。彼らは本当に頑張っています。いつ何時心が折れて学校という場がしんどくなってもおかしくはありません。

だからこそ、あのころのローマの人々のように、もしも再び子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときは、暖かくそれを受け入れてあげてほしいのです。「学校に行きたくない」という言葉を、決して「失敗」だとか「負け」だと思わずに。

たとえ明日、朝起きて「学校がしんどい」と漏らしても、それは「失敗」ではありません。休息が必要なサインなのです。もしかしたら、前日の過ごし方や出会った人との関わりに原因があるかもしれません。そのときはその不安をゆっくりじっくり取り除けばいいのです。

不登校の子どもの学級復帰は一筋縄ではいきません。焦らず、ときには寛容な心で見守りながら1日1日を過ごしていける環境を作ることが、何よりも大事です。

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山本 駿

山本 駿

子どものころより人一倍敏感な特性を持ち、中学3年間を不登校で過ごす。大学卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画し、現在は通信制高校教員を両立しながらTRY部や不登校講演事業を中心に担当。HSP(Highly Sensitive Person)特有の繊細さを活かし、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。