それ、本当に子どもを「怒鳴る」必要がありましたか?

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先日、教員として働くにあたって「楽しそうにしていよう」ということを心がけていた、ということを書きましたが、実はもうひとつ徹底していたことがありました。

怒らない」。

もう、このコラムで何度も何度も書いた話ですが、最初に入学した高校を辞める大きな原因になったのが「教師の圧力」、つまり怒鳴り声でした。少しでも教師の意に反した行動を取れば大声で生徒を怒鳴りつける。その実体験が、根底にありました。

簡潔にまとめると、僕と同じ目にほかの子を遭わせたくなかったのです。

まして、不登校経験のある子どもたちや、それこそ僕と同じく別の高校から転入した生徒も多い環境で、怒鳴り声に頼って圧力をかける教育をすることが正しいことだとは思えません。なので、声を荒げることは絶対にしないでおこう、と固く誓って、日々出勤していました。

もちろん学校という場所上、きちんと言わなくてはいけない場面はあります。そんなときでも、声を荒げることに安易に走らず、冷静に注意・指導することを心がけました。結果、昨年度は1度も声を荒げず、怒鳴らずに勤務することができました。自分の中で少し誇りに思っている部分でもあります。

でも、なんで「怒鳴らず」に1年間できたのだろう。

実はお恥ずかしい話、僕はそこまでおおらかな人間ではありません。というか、むしろ逆に短気な面が強かったりもします。そもそも集団行動や人と合わせることが苦手、というところに、いかに僕がイライラしてしまいやすい人間かが現れていると思います。

なので、「怒らない」ということを心がけたものの、実は1度も怒鳴ることなく1年間教員として働くことができたのは、ある意味奇跡ではないか、と思うこともあります。

もちろん前述のように実体験が根底にあったのは事実です。「楽しそうにしていよう」と努めて機嫌良く働いていたのも事実です。それでもなお、短気な面を自覚している自分が職場では怒ることなく1年できたのが、うまく自分の中でも説明できないのもまた、事実なのです。

振り返ってみると、「きちんと言わなくてはいけない場面」が出てきたとき、頭の中で「怒鳴る」という選択肢がハナからありませんでした。どういう言葉で、どういう声のトーンで伝えればいいのか。いかに周囲の生徒に不快感を与えることなく注意や指導できるか、という点ばかり気にしていました。

もちろん、「怒らない」「怒鳴らない」というのはきちんと言わなくてはいけない場面で何も言わなかったわけではありません。「怒る」ことはなけれど、かなり冷静に注意や指導することは何度かありました。

ただ、そんな場面で、なにもわざわざ「怒鳴る」ことを持ち出す必要もないな、と思ったことも確かです。

つまり、人に何かを注意するときに、注意する側は「選択肢を選べる」のです。実際、「いま、自分はこうして怒らずに注意したけど、人によったらめちゃくちゃに怒鳴るんだろうなあ」と、注意したあとに振り返って感じたこともありました。

ほかに選択肢があるなかで、わざわざ「怒鳴る」をチョイスしなければならない理由がそこにあったのか。注意されていない、傍観側の子どもを怯えさせてまで、特定の生徒に大声で怒らなくてはならない状況だったのか。これを冷静に振り返ることのできる大人(先生)って、どれくらいいらっしゃるでしょうか。

当然「怒鳴る」ことが必要な場面もあります。先日読んだ本では、お金に関わることや危険に関わることについては強く叱らなくてはいけない、と書いてありました。しかし違う本には、怒るのは伝家の宝刀を抜くようなもので、常時使っていると効き目がなくなる、ひどいと恨みを残すことすらある、とありました。

どちらの意見にも、僕はものすごく納得します。

たぶん、僕が職場で文字通り怒ったら、「いつもは怒らないあの先生が・・・」と逆に怖がられるかもしれません。でも、そんな怖がられ方は僕は(少なくとも今の職場では)必要がないと考えています。恐怖政治のような、そんな関係はただ子どもを縛るだけ、だと思います。

この間、バスに乗っていると、横の席で幼い子どもの兄弟喧嘩がはじまりました。それ自体はよくある話なのですが、その喧嘩を仲裁するのに、お父さんが上のお兄ちゃんの頭を思いっきりゲンコツで殴ったのです。僕の目の前で。

唖然としました。このお父さんは、なんで数多ある喧嘩の仲裁方法のなかから、よりによって「お兄ちゃんの頭をゲンコツで殴る」というやり方を選んだのだろう、と。

それくらいお父さんは腹を立てていたのかもしれない。しかし、子どもや人を注意するときに、感情任せで上から圧力をかけるような叱り方をするのは、僕は少し違うのではないかと思います。まして赤の他人がいる状況ではなおさらです。正直、ゲンコツを振りかざした瞬間、僕はすごく怖かったです。

たとえば「アンガーマネジメント」と言って、怒りを感じたらとりあえず6秒間我慢する、というようなやり方もあります。「怒る側の工夫」というのは、調べるといくらでも出てきます。案外、考え方や気持ちを少し変えることで、容易に怒ったりすることを防げる場合もあります。

大人(叱る側)が無意味な恐怖を煽る怒鳴り声や権力で縛ることだけはないように、これからも子どもたちと接していく必要があると思います。

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山本 駿

山本 駿

子どものころより人一倍敏感な特性を持ち、中学3年間を不登校で過ごす。大学卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画し、現在は通信制高校教員を両立しながらTRY部や不登校講演事業を中心に担当。HSP(Highly Sensitive Person)特有の繊細さを活かし、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。