「不登校だった自分も悪くないな」そう思えた。

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前半はこちらから。

あの日、僕は泣きながら、壁に何度も頭を打ち付けた。

 

 

 

高3の12月。 クラスには最後まで馴染めず しんどかったが必死の思いで学校に通った。

卒業できなかったら、父親に何をされるか分からない。

もっと僕に対する扱いがエスカレートするかもしれない。

その不安でいっぱいだった。

何度も授業を途中退出した。

センター試験まであと一か月を切っている。 もっと勉強しないと。 周りはすでにA判定をとっている。 卒業するために出席日数を稼がなければ。

色んなプレッシャーから 気持ち悪くなる。 僕の通っていた学校では 授業時間の半分(25分)は教室にいないと出席を認めらず なんとかして半分の時間は教室に残った。

あと数回休んだら退学。ある程度休んでる回数を把握していたので 「もし退学になったらこの先どうなるのだろう」 と怖くて仕方がなかった。

勉強もできてなくなって、最後に受けた模試の判定はE判定だらけ。

高2から積み上げてきた学力は激しく落ちた。

自信は完全になくなった。

プライドもズタズタだった。

小さいころから勉強だけはできていたんだ。

何かしんどいことがあっても 「勉強はできる」という安心感があった。

友達ができなくても「アイツ等よりは賢いんだ」と自分を守るために見下すこともあった。

なぜ自分がこんなしんどい思いをしなくちゃいけないんだ。

周りよりも頑張ってきたのに。

クソ・・・ 食べたものを戻した。

手の震えが止まらなかった。

何回も気持ち悪さから保健室に通い、そしてまた教室に戻る。

授業中、何回も教室を出たり入ったりする。

奇妙な行動にクラスメイトからどう思われているのだろう。

恐怖でいっぱいだった。

 

12月の末。 無理をした甲斐があって何とか卒業できることになった。

必要な出席日数にぎりぎり届いたのだ。

高校最後の三者面談でそう知った。

面談は母と僕と担任の先生で行われた。

「あと2回授業を休んだらアウトだったよ」 と先生から聞いた。

「おめでとう。よかったね。」

そう言ってもらえたが嬉しくはなかった。

母は 「ありがとうございます。先生のおかげです。」 と頭を深々と下げていた。

「ほら。あんたも、お礼は?」

「本当にありがとうございます」そう返した。

確かに卒業できたのは先生のおかげかもしれない。

何度も夜に電話がかかってきて 嫌というほど「学校に来てね」という言葉を聞いた。

もう限界の自分にプレッシャーをかけてまで卒業させてくれたのだから。

ふざけんな。

何がおめでとうだ。

卒業できるという達成感よりも 「しんどさに向き合ってほしかった」という思いの方が強かった。

話を聞いてくれるだけでよかったのに。

寄り添ってくれるだけで救われたのに。

「卒業しないと道はないよ」 今までの先生の言動から僕はそう感じた。

どうせ僕のことなんてなんとも思っていないんだろ。

学校の「教師」としての立場を守るために卒業させたかったんだろ。 不登校児を抱えたクラスの教師だもんな。 悪かったな、こんな自分で。 ホント迷惑だよな。 自分を責めた。

周りの人に対する不信感も大きくなっていった。 卒業できることで初めて受け入れられるなんておかしい。 もっと今までの行動・気持ちに寄り添ってほしかったんだ。

親も先生も友達もみんな消えちまえ。

「できない自分」「弱い自分」なんて誰も受け止めてくれない。

居場所なんてどこにもない。 僕はずっと必死だったんだ。 頑張ってきたんだ。 なんで誰もわかってくれないんだ。 本当にしんどかった。

 

高3の3月1日。 僕は卒業の日を迎えた。

本当は卒業式に行きたくなかった。 クラスで仲良くできていなかったからだ。

でもせっかく頑張ってきたんだし最後くらい・・ 「けじめはつけないと」と思い学校に向かった。

式は無事に終えて、最後のクラス会が始まった。 先生が卒業証書を名簿の初めの人から渡していった。

先生が軽くボケや、ムードメーカーの誰々さんのように特徴を踏まえて 行われた。

みんな笑いながらとてもいい雰囲気だった。 どんどん進んでいき、

僕の順番が回ってきた。

「しゅんじくん。本当に卒業できてよかった。よかった。」

クラスが一瞬シーン・・・とした。 どういう顔をしていいのか分からず、苦笑いして卒業証書を受け取った。

どうせならみんなと同じように面白くしてくれよ。

最後の最後にまた僕は浮いてしまった。

最悪だった。 途中で逃げて帰りたかった。

そしてクラス会が終わり、写真撮影だった。

クラスでの写真を撮った後。 男子で撮ろうとなったが声をかけてもらえなかった。

泣きそうになりながら、ダッシュで家に帰った。

 

受験にも何とか通った。

高2からの勉強の頑張りのおかげもあって、 関西に住んでいる人なら名前は知っているような大学に、入学することに決まった。

志望校とは程遠かったが、「大学生」になれることにほっとした。

 

 

あれから約9か月。

僕はTRY部という教室で 生徒の愚痴や悩みを聞いたり、計画を立てるサポートをしている。

いつも教室は賑やかで和やかな雰囲気だ。

「ぐっさん、学校でうざいことあったんやけど聞いてくれへん?」

「うん、どうした?」

いつものように話を聞く。

学生スタッフとしてできることは少ない。 それでも役に立てるということが嬉しくて仕方がなかった。

元不登校だからわかってあげられるしんどさがある。

自分のマイナスだと思っていた経験を活かせている。

少しでもしんどい人を助ける力になってあげられる。

とても充実感でいっぱいだ。

 

「不登校だった自分も悪くないな」 そう思えた。

 

 

前後編にわたってみてくださった方、本当にありがとうございました。

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山口 駿士

NPO法人D.Live 学生スタッフ 1999年 滋賀県出身 京都産業大学 法学部 在学  BUMP OF CHICKENが大好き。(『才悩人応援歌』がお気に入り) 音楽に目覚め、ベースを始めるも、弦が切れて1日で挫折した経験を持つ。 特技:早食い(給食でのお替わりがいつも一番手) 主にTRY部を担当。 高3の時に友人関係と受験のストレスで不登校に。 自身の経験を生かして何か役立つことをしたいと思いD.Liveに参加。