不安で後悔の日々は、明るくなるまで寝られなかった。

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学校へ行けていないとき、どれだけ不安だっただろうか。
毎日、友達においていかれているような感覚だった。
自分はダメな人間で、みんなと比べて劣っていると思っていた。
「いつか見返す」「すごい人だなって思ってもらう」

心に決めたのに、どうしても動けない。

勉強しよう。
外に出よう。
学校へ行こう。

なにかをしようと思っても、体がついてこない。

できない1日を終えるとき、心の中には後悔しか残っていなかった。

やっぱり自分はダメなやつだ……。

なんて、何回自分を責めたことだろう。

夜になると、恐怖が襲ってくる。

「これからどうなるんだろう?」
「ずっとこのままなのか?」
「もう立ち直ることはできないんじゃないか?」

将来や進路、進学。

明日ですら見えない状況。

いったいどうなるんだろう……。

まるで、行き先不明の汽車に乗って人生をさまよっているみたいだった。

手足がもがれ、なにもできないような気持ちになっていた。

やることがないから、ただ暇つぶしにゲームをしていた。

別に楽しくもないのに、ずっとゲームばかりしていた。

時間は、浪費するためにあって、1日1日がすごく長く感じた。

でも、夜になると1日がすごく短く感じて、「今日もなにもしなかった」という空っぽの毎日が積み重なっていく。

ゼロをかけても、ゼロになるように、毎日ゼロの繰り返しだから、全く進んでいる気なんてしなかった。

ため息ばかりをつき、気持ちはずっと沈んでいた。

なにもしていないのに、涙が溢れるときがあった。

感覚は麻痺し、辛いとかしんどいとか、もうそんな感情もどっかへ行ってしまっていた。

自分で自分が分からなかった。

夜になると恐怖がきて、とても怖かったので、朝日が昇るまで起きていた。

明るくなってやっとほっとして眠りにつくことができた。

目をつぶると、「これからどうしよう……」と、どうしようもないことばかりを考えてしまうので、寝るギリギリまでは目を閉じることをしなかった。

絶望とは、このことなんだろうと思った。

気力は体の中からすべて無くなっていた。

蒸発するように、気力という気力が体の中から抜けていっていた。

外にも出たくないし、人にも会いたくなかった。

メールが来ることですら、うざったく感じていた。

 

 

大学生になり、一人暮らしをしていたとき、僕は引きこもりになりました。

1年半ほど、ほとんど外へ出ることはありませんでした。

電気も消して、全てのライフラインを切り、出前を頼む毎日でした。

どんなことを感じていたかを今回は書いてみました。

瀬戸内寂聴さんに、「苦しんだ分だけ人に優しくできるんだよ」と言っていただいたから、今の自分がいます。

引きこもっていたときは、未来なんて一切見えず、この先どうなるんだろうという不安しかありませんでした。

しんどくて、不安に思っている子どもたちはたくさんいます。

「ガンバりたい」と思っても、気持ちが沈んでしまって、どうにもならない子もいます。
自分は経験したから、子どもの気持ちが分かる!

なんておこがましいことは言えません。

でも、人に優しさを与えるために、僕はあの苦しかった日々があったと思っています。

LINEやYoutubeなどでもご相談できますので、なにかあればぜひ僕たちまでご連絡ください。

 

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田中 洋輔

田中 洋輔

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒 中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。 しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。 野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。 浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。 友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。 フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。 京都新聞にして子育てコラムを連載中。 詳しいプロフィールはコチラから