9ヶ月まったく勉強しなかった中学生が、「勉強しよう」と言い出すようになった理由

「勉強、しようかな……」
9ヶ月間、ほとんど勉強しなかった中学生がつぶやいた。
学校の先生は、「彼、全然勉強しなくって……。なんとかしてあげたいんですけど、なかなか……」と言っていた。
そう言われていた彼が、今、勉強する意志を見せた。
きっと先生に言うと、「え? ほんとですか? どうやったんですか?」と、聞くだろう。
僕は、こう言いたい。
「TRY部、見に来て下さい」と。
子どもにとって、勉強はほとんど全てだ。
学校で評価されるのは、勉強と運動。
運動で抜群の成績を残せるのはわずかで、みんな学力というものさしで評価される。
あいつは、僕よりも頭が悪い。
あの子は、私よりも賢い。
勉強ができるかどうかで、自信も左右される。
中高生は、勉強が苦手な子ほど、自信が低い。
たとえ「勉強なんてどうでもいいねん」と言っていても、内心ではコンプレックスを抱えている。
「勉強できるようになりたい……」と思っている。
以前、関わった高校生は「できれば勉強できるようになりたいねん。大学も行きたい。でも、あかんねん。俺は、あほやし、勉強できひんから……」と、言っていた。
みんな勉強ができるようになりたい。
テストはシビアで、点数は人と比較しやすい。
だから、できるできないが如実に表れる。
僕は、教育関係の仕事についたとき、子どもたちが自信を持てていないことに愕然とした。
「部活おもんない。だって、どうせレギュラーなんかなられへんし」と言う中学1年生。
「私、勉強できないから、パティシエの夢なんかムリだと思っています」という子。
「俺、あほやから、勉強なんかやっても意味ないねん」
「私は、なにもできないから、全然ダメなんです」
みんな、すごくネガティブで、自分に自信を持てていなかった。
部活にしても、勉強にしても、「いや、やったらいいやん!」と思った。
努力すればいいし、今の時点で諦めるなんて早すぎる。
勉強は、やればやるだけ点数は伸びるし、部活も1年生だったらまだまだレギュラーを目指せる。
なのに、彼らは「ムリです」「自分なんて……」と言う。
僕が必死で繰り出す励ましの声は、子どもたちには全く届かなかった。
自信が持てない子をなんとかしたい。
「どうせ自分なんか……」と言う子が、イキイキと自分の未来を語ることができればと思って、今の団体を立ち上げた。
自信を築くためには、時間がかかる。
学校では、なかなか難しい。
1回切りのイベントでも、あまり意味がない。
そこで、「よし! 教室を開こう!」ということで、TRY部という教室を2014年にオープンさせた。
試行錯誤だったものの、生徒は着々と成長を遂げた。
NHKで「自信を取り戻す教室」として、紹介もしていただいた。
中学に全く行けなかった子が、「一人旅へ行きたい」と言って、滋賀県から長野県まで一人で1泊2日の旅に出た。
外にさえ出ず、「なにもできない」と言っていた子が、たった一人で、スマホも持たずに遠く離れた土地まで行った。
「勉強する意味が分からん」「学校、おもんない」と言っていた中学2年生は、TRY部へ来て、将来なにがしたいかを考えた。はじめは、「やりたいことなんかなにもない」「野球選手とか良さそう」と言っていたのに、次第に深く考えるようになっていった。
そして、「俺、学校の先生になりたいわ」と言った。
「クラスで光が当たらないような目立たない生徒にもちゃんと光を当てられる先生になりたいねん」と言い、「そのためには、大学で教員免許が必要やし、高校も行かないとあかん。勉強やるわ!」
そう言った彼は、親に頼み込んで塾へ行かせてもらい、第一志望の高校へ入学した。
TRY部を卒業したあとも、高校ではいろんなことにチャレンジをしている。
「TRY部で学んだことが全部活きてるわ」と、彼は言う。
文化祭でバンドをやることにして、上級生や先生に頼んで、メンバーを募った。そして、文化祭でライブをすることができた。
「やりたいことなんてない」と言っていた中学生の彼は、もういない。やりたいことがたくさんあり、1つ1つ実現することに向けて努力できるようになっていった。
「目標がない」と言っていた子は、「昆虫博士になりたい」と言って、高校へ進学した。今は、大学受験へ向けて、勉強をガンバっている。
自信が持てず、意欲がない子どもたちが、それぞれ自分の道を見つけ、努力できるようになった。
イキイキと、楽しんで毎日を過ごせるようになった。
しかし、あるとき僕は、壁にぶつかることになる。
将来、やりたい職業について考えていたときのこと。
ある生徒が、「プログラマーになりたいな」と言った。
僕は、「いいね」と言って、「やればいい!」と伝えると、「でも……」と口ごもった。
「でもな、やっぱりムリやわ……」
疑問に思い、聞いてみる。
「なんでなん?」
「ムリやわ……。だって、俺、勉強できひんもん……」
あっ、ここで来るのか、と思った。
“勉強ができない足かせ”は、やはり子どもたちについて回るのだ。
その生徒は、「学校の勉強ができひんのに、プログラマーの勉強なんて出来るわけないわ」と、苦々しい表情をしながら言った。
そうか、と僕は悟った。
勉強が苦手な子は、勉強が「できる」という経験がない。だから、全ての勉強は苦手で、「勉強は出来ない」と思っている。
すると、これからやりたいことや将来のことを考えても、きっと”勉強”という壁にぶちあたる。
これまで、この教室はうまくいっていたけれど、きっとこれからは”勉強”という壁にぶつかって成長が止まる子が出てくるだろう。
僕は、勉強という高い高い壁に立ちむかうことにした。
「勉強ができるようにするためには、どうしたらいいのか?」
あまりにも難しい課題に、尻込みしそうになった。
もう、これは世の中の全ての保護者が抱えている悩みであり、答えなんて見つかるのかどうかも分からない。
どうしようか……。
塾に通えば、みんな勉強ができようになるんじゃないだろうかとも思った。けど、その考えはスグに打ち消された。
僕が中学校のときに通っていた塾の生徒たちを見ても、やはり成績が伸びず、勉強のやる気がない子をたくさん見てきたからだ。
通っていたのは、大阪にあるスパルタ塾で、厳しいことで有名だった。
2階から飛び降りて逃げる生徒もいた。
タイムカードで管理され、規定の時間になるまで家に帰ることは許されなかった。
授業中、居眠りをすると、ビンタが飛んでくる。
確認テストで70点以上取らないと、居残りだった。
それだけ厳しくやっている塾でも、成績が伸びない子がいた。
ダラダラと授業を受け、22時まで毎日居残りをしていた。
子ども心に、「塾来てる意味、ないんじゃないか?」と思っていた。
「いや、親が行けって言うから、来てるだけやねん」
いかにもけだるそうに、やる気が見えない子は言っていた。
塾に行ったから勉強ができるようになるわけじゃない。
塾の教え方や内容よりも、本人の意欲のほうが大事だなと思った。
キーワードは、”勉強意欲”だな……。
一人つぶやいたものの、だからといってなにも解決するわけじゃない。
どうしようか……。
悩んでも悩んでも分からなかった。
正直、僕には勉強しない子の気持ちが分からない。
勉強は楽しく、苦痛と思ったことはない。親からも「勉強しなさい」と言われたことは、記憶にない。
テスト勉強していると、「頭悪くなるから、そろそろやめたら?」と言われる始末だった。
中学の定期テストでは、常に90点以上をとり、学年では10番以内。
どうすれば、点数が伸びるかを考え、試行錯誤しながらテスト対策をしていた。
凡人だった自分でも勉強が出来たのだから、子どもたちもきっと出来ると僕は思っている。
なのに、自信がないと言って、全然勉強をしない。取りかからない。「やっても無駄」と最初から諦める。
僕は、だんだんイライラしてきた。
「いや、ごちゃごちゃ言う前にやれよ!」と、何度言いそうになっただろうか。
ダメだ、自分で考えているだけでは、答えは出ない。
自分だけで考えることを諦め、答えを見つけるため、僕は大阪茶屋町にあるジュンク堂へ向かった。
どうすれば、勉強するようになるのだろう?
勉強しようという意欲が高まるんだろう?
塾なんか行きたくないと思う子でも、勉強へのモチベーションが高まる方法なんてあるのだろうか?
魔法のように、子どもが劇的に変わる方法は、果たしてあるのだろうか。
教育の棚へ行き、売っている“学習意欲”に関する本を1冊1冊手にとっていった。その中から、「これは!」と思う本を10冊ほど購入。
なんとかして、僕はこの問題を解決したかった。
なんとしても答えを見つけるんだ!
強い意志を貫くため、僕は大阪に住んでいるにも関わらず、大阪のホテルを予約した。
ホテルに缶詰になって、しっかりこの問題に向き合おうと思ったのだ。
1日15時間以上。3日間、僕はホテルにこもって、ただひたすら学習意欲について勉強をした。
500ページにもおよぶ学術書とにらめっこをして、どうすれば子どもたちが勉強するようになるか、理論的に学んだ。
「ふむふむ」「そうか」
分かっていることもあったけれど、「そういうことか!」と学ぶことで初めて知ることもあった。
子どもたちと照らし合わせ、「だから、あの子はなかなかうまくいかないのか」と、腑に落ちた。
年末年始を使い、学んだことをもとにして、新しい授業カリキュラムをつくっていった。
「よしっ! きっとこれで大丈夫だ」と自信がある内容に仕上げ、早速授業に導入。
すると、今まで以上に、子どもたちが変化するのが目に見えるようになった。
勉強にも、徐々にだけれど、取り組むようになった。
「宿題や課題、寝る前にならないとできないのです」と言われていた子が、毎朝起きるとスグに机に向かって勉強するようになった。
勉強する習慣がなく、たまにしか勉強しなかった子が、毎日2ページずつ問題集をこなすことが出来ている。
英語が苦手で、単語を覚えるのが嫌いだったハズなのに、教室でペラペラと単語集を見ている。
勉強意欲が増し、行動が変わってきた。
僕は、嬉しくなって、保護者の人に連絡する。
「これ、出来るようになりましたよ!」
「今日、こんなことを言っていましたよ!」と。
勉強は、大変だ。
子どもにとっては、すごくしんどい。
今の時代、近くにはスマホがあり、ゲームがあり、動画がある。
今は、ものすごく集中しにくい時代だ。
勉強しようと思っても、なかなかできない。
先日のこと、生徒たちが「最近、LINEグループ作ってん」と言ってきた。
「計画したことを出来たかどうか、報告しているねん」
「みんな写メとか送ってるねんで」
見せてくれた画面には、生徒たちが励まし合っている会話があった。
「これ、いいな……」
取り入れない手はない。
早速、ビジネス用のLINEアカウトを作り、生徒たちのグループを作ることにした。
計画を立てても忘れてしまうことがある。
スマホに夢中になって、できないこともあるだろう。
でも、LINEグループがあれば大丈夫。
みんなの報告を聞くと、自分もガンバろうと思える。
強制ではないから、イヤになることもない。
励まし合うことで、「しんどいなぁ」「やめようかなぁ」という気持ちにも向き合うことができる。
LINEの運用は、これからだけど、きっとうまくいくだろう。
ポイント制にして、獲得ポイントに応じて、ご褒美を用意するつもりだ。
まるで、スマホゲームのように、いろんなポイントを作っている。
課題ができたら、ポイント。
毎日勉強ができたら、ボーナス。
課題ができなくても、報告したら「ログインボーナス」が手に入る。
楽しみながら、みんなと一緒に取り組むことで、イヤな勉強もちょっとは楽しくなる。
これからも、TRY部の生徒たちはどんどん成長していくだろう。
「え? なんであの子、あんなに勉強するようになったの?」と驚かれるようになるだろう。
冒頭の彼みたいに。
9ヶ月間、ほとんど勉強しなかった中学生の彼は、中学になって、すぐ学校へ行けなくなった。
数ヶ月たち、少しずつ明るくなり、家でも楽しそうに過ごせるようになっていた。
でも、勉強はさっぱりだった。
「絶対にやりたくない」「ってか、なんで勉強とかしなあかんねん」「めんどくさい……」
勉強に対する拒否反応が強く、学校の先生とも「どうしましょうか」という話しをしていた。
TRY部に来た当初、生活習慣に関する目標を立てた。
「もうちょっと早く寝たいな」と言って、そのためにどうするかを考えた。
早く寝るためには、早くお風呂に入る必要があるなぁ、と言って、夕食前にお風呂に入るなど試行錯誤。
初めの頃は、「忘れてた」「全然できてない」ということもあったけれど、少しずつ、できるようになってきた。
あるとき、TRY部で計画を立てているとき、「勉強しようかなぁ」とポツリと言った。
僕は、あえてその言葉を無視して、見守ることにした。
そして、数日前。
長期計画を立てているとき、「目標どうしようかなぁ……」「う〜ん、勉強しようかなぁ」「勉強かなぁ」と言って、目標のところに、”勉強をする”と書いていた。
僕は、内心、いよいよ来たなと喜んでいたわけだけど、その気持ちを隠しながら、「これなに?」と聞いてみた。
「いや、やっぱり高校行きたいし、そのためには勉強しなあかんやん」
「うん、うん」と僕は聞いていて、一つアドバイスをした。
「”勉強する”では、よく分からないし、曖昧やん。まずは、1つの教科に絞ってやってみたらどう?」
「ああ、確かに。それやったら、数学にするわ。数学を1年生の範囲、全部やってみようかな!」
そう言うと、彼はシートに”1年の数学ワークを全て解く”と書いた。
きっと、これからも勉強がイヤになることがあるだろう。
うまく進まないときが来るかもしれない。
でも、テコでも動かない彼の気持ちは、今、大きく動いた。
今までまったく「勉強」について話さなかった中学生の彼は、今、勉強に心が向くようになった。
さて、今度はどんな子が来るだろう。
勉強が大嫌い。
勉強という言葉を聞くだけで吐き気がする。
そんな子どもたちが、どんどん来たら嬉しい。
いやぁ、まだ見ぬ彼らの成長が、ほんとうに楽しみだ。
担任の先生が、「え? なんだか、最近、めっちゃ勉強のやる気出てますけど、どうしてですか?」と聞いたとき、
「いやぁ、TRY部ですよ」とたくさんの保護者さんが話をする日が、僕は待ち遠しくて仕方がない。