「やればできる」と思えるためには?〈連載小説⑤〉

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なぜ、子どもは勉強のやる気がないのか? 〈連載小説④〉

 

なぜ、子どもは勉強のやる気がないのか?

 

「自己効力感とは、”やればできると思える気持ち”のことです。勉強したら、テストの点数が取れると思える。練習したら上手くなると思う、といったようなものです」

「自信と同じような意味でしょうか?」

「そうですね。もう少し付け加えると、特定のことに関する自信ですね。自己効力感は、対象によって変わります」

「対象によって変わる、ですか?」

「はい。たとえば、運動は”やればできる”と思えても、勉強に関しては、”どうせできない”と思う子っていますよね?」

「います。います。どっちかっていうと、お姉ちゃんがそのタイプです」

「そういうように、勉強の自己効力感が高い。運動の自己効力感が高いといったように使います」

智子は、中田の話を聞きながら、ペンを動かす。

「その”対象”って言うのはいろいろあるのでしょうか?」

「たくさんありますよ。子どもたちにとっては、たとえば”コミュニケーション能力”ですね。子どもが”コミュ力”といっているものです。あとは、”恋愛”もあります」

「恋愛もですか?」

「そうなのです。子どものとき、恋愛の自己効力感が高い人は、大きくなってもモテるのです」

「そうなのですかっ!」

「はい。”自分は、恋愛がうまくいく”と思っているので、どれだけ年をとり、容姿が残念になってしまったとしても、モテるのです。自信があるように見えるのでしょうね」

「うわぁ、そういうのも自己効力感なのですね」

「こうやってみると自己効力感っておもしろいでしょ?」

「はい! ぜひ、どうやったらその自己効力感が高まるのか教えて欲しいです」

「勉強の意欲を高める方法が4つあると言いましたが、それって自己効力感を高めるための方法と同じです」

「4つとは、なんでしょうか?」

「1つ目は、成功体験です。うまくいった経験ですね。少し勉強したらテストで点数が取れた。練習したらうまくなった。そういううまくいった経験、成功体験があることで、”やればできる”と思えるようになります。これは説明しなくても、なんとなくこれまでの経験などから理解できると思います」

「はい。分かります」

「2つ目は、代理経験です」

「だいりけいけん?」

「代理経験とは、自分と似ている人がうまく出来ていると、自分もできると思えるようになる、というものです」

「友達ができるなら、自分もできると思うような感じでしょうか?」

「そうですね。大事なのは、自分と同じような人というところです。すごく頭が良い子が勉強できていたとしても、”あいつは賢いから”と、ハナから相手にはしていません」

「あいつとは違うねんと、拓海も言っていたことがあります」

「ビリギャルが流行りましたよね? あれも同じです。自分と同じように勉強が苦手な子が、大学進学できたことで、勇気をもらえるのです。”自分にもできるかも”と思うのです」

「自分と重ね合わせて考えるのですね」

「なので、代理経験をうまく使う方法としては、勉強がすごく苦手だった子が、勉強できるようになったストーリーを教えてあげることです。ドラマやマンガ、映画などありますよね。どれが合うか分かりませんが、そういったのを見せてあげることで、”自分にもできるかも”と思えるようになります」

「本などもたくさん出てそうですよね。ちょっと、探してみます」

「3つ目は、言語的説得です。簡単に言えば、励ましなどの声かけですね」

「やればできるぞー、みたいな?」

「そうですね。言い方は悪いのですが、声をかけることで、脳に錯覚をおこさせるのです。”どうやら、自分は出来るみたいだ”、と」

「でも、拓海を励ましたら、”俺は大器晩成タイプやねん”とか言って、調子に乗りそうです」

「いいんですよ。調子に乗らせたら。なにごとも初速が大事です。取りかかるまでが大変なので、まずはスタートを切らせることができればいいのです」

「晩成型やから、まだやらなくていいわぁと、言われたらどうしましょう?」

「”片鱗を見せてくれないと信じられないなぁ。少しだけ、大器晩成さんの本気、見せてくれませんか?” などといって、おだてましょう」

「そんな手があるのですねっ!」

「基本的には、一言で変わるというよりも、ボディブローのように粘り強く何度も言うのが、言語的説得では重要です。劇的に変わる一言なんてありません。”あなた、頭良い子だからやればきっと勉強もできるとお母さん思っているんだけどなぁ”と、ことあるごとに洗脳のごとく言い続けるのです」

「効果的な一言を探すよりも、普段から励ましの言葉がけをしていくことが大事なのですね!」

「はい。これは即効性はないので、コツコツと積み重ねですね」

「つい諦めてしまって、声をかけたりしていませんでした。小学生くらいのときには言っていたと思うのですが、いつの間にか言っても意味ないなぁと思っていました」

「智子さん」

「はい?」

「今のが、まさに、学習性無力感です!」

「あっ、ほんとですね。私は、励ましても無理だというのを無意識のうちに学習していっていたのですね」

「そうです。学習性無力感って、いろんなところであるのです。できないと思っていることも、実はただの思い込みということもあるので、”本当にできない?”と、疑ってみるのも手ですね」

「はい、ちょっと意識してみます」

「最後の4つ目は、生理的情緒的高揚と言います」

「また、難しい言葉が……」

「簡単に言うと、”気分”みたいなことです。プレッシャーのかかる場面でも、落ち着いている自分がいると、大丈夫だと思える、みたいな感じです」

「気分を高めよう、といったイメージでしょうか?」

「そうですね。そんな感じです。正直、成功体験や代理経験に比べると、効果は少ないと言われています。音楽を聴いてテンションを高めるなどもここに入りますね」

「やる気出そう! って感じですね」

「まぁ、ざっくり言ってしまえばそんな感じですね。気分になるので、効果があったり、なかったりと、安定しないのですよね。だから、効果としてあまり期待できないのです」

「じゃあ、やっぱり大切なのは、成功体験ですねぇ」

「はい。4つご紹介しましたが、効果的な順番にご紹介しました。なので、成功体験と代理経験がとても重要なのです」

「ありがとうございます。まずは、この2つを意識して拓海と関わってみます」

 

車のエンジンをかけながら、智子は思った。

「なんだか、できそうかも?」

今までは、正直なところ諦めていた。もうダメなのかも知れないと思っていた。でも、このままじゃいけないと思って怒ることもしていたけれど、心の中では「なにをしても意味がない」とも感じていた。

中田が言うように、気がつかないうちに、学習性無力感に陥っていた。

今日の話しを聞いて、やれることが見つかった。

治療法が見つかったみたいに、希望の光が見えた気がした。

「できるかもしれないなぁ」

赤信号で止まり、ふと外を見て智子はつぶやいた。

そして、クスッと笑った。

「私、自己効力感、高まってきた」

 

(つづく)

 

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この記事を書いた人

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒

中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。
しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。
野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。
浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。
友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。
フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。
京都新聞にして子育てコラムを連載中。
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