思春期の子が自信を失う理由。〈連載小説②〉

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〈小説連載①〉イライラしてしまう思春期の子どもへの関わり方

 

思春期の子が自信を失う理由。〈連載小説②〉


-思春期の気持ち-

 

「今日は、思春期の気持ちについて学んでいきましょう」

「はい、お願いします」

「智子さんは、そもそも思春期っていうものが、なにかは分かっていらっしゃいますか?」

「う〜ん、大人の階段を昇る途中みたいなイメージです」

「そうですね。そんな感じです。では、よく思春期と言うと、反抗期なんて言い方もされますが、どうして反抗するのでしょうか?」

「イライラしているから?」

「ふむふむ。では、どうしてイライラしているのでしょうか?」

「腹が立つことがあるから?」

「そうです。別に子どもは理由がなく、イライラしているわけではありません。なにが腹が立っているのか。それは、違和感です」

「違和感?」

「はい。思春期に入ると体の成長が始まります。けれど、まだその成長に心がついていっていないのです。だから、違和感を感じる。靴下を穿かずに靴を履くとどんな感じがしますか?」

「なんかイヤですね」
「そう。その感覚です。なんか気持ち悪い。少しイライラする。それが体の成長ですね。さらに、思春期になると万能感を手放していきます」

「ばんのうかん?」

「なんでもできるって感覚ですね。小学生のときって、僕はプロ野球選手になるんだ。アイドルになるんだ。って言いますよね?」

「拓海も言っていました。あのときは、夢とか持っていたのになぁ。今では、自分に全然自信が持てていないんです」

「まさに、そこが思春期ということです。これまでは、万能感と言って、自分はなんでもできるって思っていました。しかし、思春期になるにつれ、この万能感を手放していくのです」

「なくなっちゃうってこと?」

「たとえるなら、乳歯が抜けて永久歯に生え替わるような感じですね。万能感を手放し、客観的に見られるようになります」

「その結果、自信がなくなってしまうのですか?」

「反動みたいなものです。今までは、自分しか見られないので、どんな夢でも叶えられると思っています。しかし、客観的に見られるようになると、人と比べるようになります」

「拓海も、友達より点数悪かったって言って落ち込んでいることがあります」

「比べることで、自分のポジションを把握しているんです。たとえば、自分はあの子よりも勉強はできる。運動はクラスでは出来ないほうだ、といったように」

「でも、そうすることで自信がなくなっていっているんですよね?」

「そうですね。比較ばかりすることで、結果的にどんどん自信を失うことになってしまっています」

「じゃあ、万能感はずっと持っておいたほうがいいのでしょうか?」

「そうではありません。万能感をずっと持っていると、大人になっても、僕はなんにでもなれるんだーという、全く根拠のない自信を持つようになります。これは、ピーターパンシンドロームと言われたりもします」

「そっかぁ。じゃあ、やっぱり万能感はちゃんと手放すのが大事なんですね。でも、その結果、自信を失ってしまうのは困るなぁ」

「自信が下がるのは、一時的です。学年が上がるにつれて、自信は回復すると言われています」

「おお! そうなんですね。じゃあ、拓海も放っておけば、そのうち自信が回復するのですね」

「残念ながら、そうも言えないのです」

「えええっ」

 

「よく思春期の子は、放っておけばいいって言うじゃないですか?」

「はい。うちの主人もよく言っています。ママ友も、同じようなことを言っていました」

「でもね、自信が回復するっていう保証は残念ながらありません」

「えっ! ずっと自信がないままでいるかも知れないってことですか?」

「はい。その可能性も十分にあります」

「えー!! それは……、困ります……」

 

「思春期は、親離れの時期です。親から自立するために、親から離れようとする。自分で生きようとする。生まれたての子鹿のように、自分の足で立てるようにもがいています。だから、その時期に親がいろいろ口出しをするのは、良くないと思われています」

「はい。ネットなんかでも、あまり親が口うるさく言わないほうがいいって書かれていました」

「そうですね。それはもっともです。でも、じゃあ自信がなさそうにしている子どもを見て、黙って見ていればいいのでしょうか? いつかは自信も回復するさ、と楽観的に思うこと、できますか?」 

「絶対無理」

「では、どうしますか?」

「はじめのうちはガマンします。でも、限度を超えると、爆発して怒ってしまいます」

「ですよね。黙って見ておくなんてできないんです。だって、我が子がカワイイし、なんとか一人前の大人になって欲しいと願っている分、なんとかしてあげたいという気持ちが勝るのです」

「すごく不安になってしまうんです。この子は、このままで大丈夫なのかなぁって」

「心配しますよね。それが健全な姿です。親として当然だと思います。だから、智子さんがなんとかガマンしようと思いつつも、イライラを爆発させてしまうのは全然おかしくないですよ」

「良かったです。私のガマンが足りないだけだと思って、いつも反省していたのです」

「反省する必要はありません。自分を責めることもしなくていいです。元々、不可能なことなのですから」

「できなくて当たり前だったのですね。では、放っておくのではなく、どうやって関わったらいいのでしょうか?」

「具体的な関わりについては、もう少しあとにしましょう」

「えっ? もう早く教えて欲しいです」

 

「智子さん、今まで講演会や子育て本を読んで、いろんなやり方を学んできましたよね?」

「はい。いろいろな方法を見て、試してみました」

「やってみて、いかがでしたか?」

「いやぁ、なかなか続かないですね。やっぱり、私は意思が弱いから……」

「できないのは、智子さんが原因ではありません」

「私のやる気の問題ではないのでしょうか?」

「違います。できないのは、原理原則が分かっていないからです」

「原理原則?」

「はい。横文字を使って言うと、子育てのプリンシプルですね」

「プリンシプル……」

「子育ての原理原則って意味です。実は、たくさんの子育て本に書かれていることってほとんど全て一緒なのです」

「え? でも、やり方とかみんな全然違いました」

「野球で考えてみましょう。みんなバットを持ってボールを打ちますよね? でも、打ち方が違ったり、違うバットを持っている。道具や方法が違っても、原理原則は変わらないのです」

「みんな同じ子育てのプリンシプルだと?」

「そういうことです。ですから、まずは子育てのプリンシプルを学ぶことが先決です。智子さんは、この原理を知る前にやり方や方法ばかりを学んでいた。だから、うまくいかなかったのです」

「原理原則を学べば、うまくいくのでしょうか?」

「うまくいくというよりも、自分なりにアレンジができます。糖質制限ダイエットってありますよね? あれは、糖質を制限することで、体重を落とすというダイエットです。でも、ただ単にお米や麺類を食べなければいいと思っていると、うまくいきません。なぜなら、ニンジンやゴボウ、玉ねぎにもたくさん糖質が含まれているからです。ただ方法だけを知っているだけだと、うまくいかないとき、結果がでないときに、方法を批判することになります。この方法は私に向いていないと」

「同じです。これは余裕がある人だからできるんだ。子どもが聞き分けがいいからできるんだと思ったことがあります」

「そうなんですよね。うまくいかないとき、原因がわからなかったり、自分なりにカスタマイズすることができません。でも、ちゃんと原理原則を理解しておくと、体重が一向に減らないのは、糖質が多い野菜を食べているからだって分かるのです」

「原理原則が分かっていれば、自分なりに工夫することができるのですね」

「そういうことです。だからこそ、やり方や方法を知る前に、智子さんには原理原則である子育てのプリンシプルを理解していただきたいのです」

「よく分かりました!」

「ありがとうございます。では、次回は、子育てのプリンシプルについて学んでいきましょう」

 

 

-子育てのプリンシプル-

 

今まで、智子は子育てがうまくいかないとき、自分のガンバりが足りないからだと思っていた。

自分の能力が足りないからだと思っていた。

他の人を見て、落ち込むことばかり。

雑誌で、バリバリのキャリアウーマンの人を見て、「この人と私は違うんだ」と思い込もうとしていた。

けれど、時間はあるハズなのに、ほとんどなにも出来ていない自分と比べ、イヤになった。

どうして、フルタイムで働いた上で、子どもの勉強を見てあげて、東大に行かせることができるの?

この人は、自分とは全く違う人間なんだ。才能があるって羨ましいな。自分なんて……。

才能のせいにして、出来るだけ見ないようにした。アイドルを見る少女のように、「あの人は違う人たち」と思うことで、なんとか心を保とうと思っていた。

けれど、やっぱり落ち込むことも多かった。まだ雑誌やテレビで見る人ならばいいだろう。同級生のママ友とも比べることがあった。すごく勉強している子どもを見ていると、拓海と比べてしまった。

「私の子育てが間違っていたのかも知れない……」と思い、イヤになった。

中田さんは、ガンバっている自分をちゃんと受け容れてあげるのが大事だと言っていた。

受け容れることで、以前に比べて気持ちはラクになった。
自分を責めることは少なくなった。

でも、やはり出来ていないことをたくさん感じ、イヤになることはあった。

 

子育てのプリンシプルを知ることで、こんな私でも変わることはできるのだろうか?

ほんとにできるのだろうか?

人と比べて落ち込まなくなるのなら、どれだけラクになるだろう。

期待と不安を抱きながら、中田さんがいつも座っている奥のテーブルへ向かう。

中田さんは、楽しそうな顔を見せながらマンガを読んでいた。

「こんにちは」

声をかけると、「あっ!」と言って、少し恥ずかしげな顔を見せながら、「こんにちは」と挨拶を返してくれた。

「いやぁ、子どもの話しについていくためにも、いろんなマンガ読むようにしているんです。って、まぁ僕が好きなだけでもあるんですけどね」

無邪気そうに笑う彼の表情は、子どものように思えた。

 

「では、今日も初めていきましょう。子育てのプリンシプルについてでしたね」

「はい。お願いします」

「智子さんは、子育てで大切なことってなんだと思いますか?」

「そうですねぇ。やっぱり、褒めてあげることでしょうか?」

「と、言うと?」

「褒められると嬉しいし、もっとガンバろうと思います。本や雑誌でも、褒めなさいと書かれているので」

「そうですね。もう、当たり前のように書かれていますよね。褒めなさいって。でもね、伺いたいのですが、じゃあ褒めるところがない子には、どうやって関わればいいでしょうか? 無理矢理にでも良いところを探しますか?」

「まさしく、今悩んでいるところです! 拓海の褒めるところなんてないんですよ。ずっとダラダラしているし。テストでも悪い点ばかり取ってくるんです。毎回テストする度にワースト記録を塗り替える勢いですっ。って、あ……すみません……」

「いえいえ。褒めるの問題点は、まさしく智子さんが悩んでいる部分なのです。よく褒めろって言われますが、思春期になってくると、褒める部分って少なくなってくるのです。自分のこともなかなか話さないし、分からないですよね」

「そうなんです。なにを言っても、”別に”って言われるので、そもそも会話が成り立たないのです」

「すると、見る部分はどうしても結果だけになってしまいます。テストの点数や通知表の評価など」

「はい。でも、悪い結果ばかりなので、私はいつも怒ってばかりいます」

「智子さん、褒めるのは、なんのためか分かりますか?」

「意欲を高めるため……でしょうか?」

「どうして、褒めることで意欲が高まるのでしょうか?」

「う〜ん、嬉しいから?」

「それもありますね。他にはどうでしょう?」

「う〜ん……なんだろう……」

「では、ちょっと考えてみましょう。小学生の女の子が、毎日朝早くに来て、学校の花壇に水やりをしていました。彼女は誰に言われたわけでもありません。花が好きで、枯らしたくないと思い、毎朝水をあげていました。ある日、帰宅するとき、校長先生が声をかけてきてくれました。”いつも朝の水やりありがとう”と。さて、女の子はどんな気持ちになったと思いますか?」

「嬉しかったと思います」

「どうして、嬉しかったと思いますか?」

「なんでだろう……。あっ! 見ていてくれたからですねっ!」

「その通りです。別に、その女の子は褒められたいと思って水やりをしていたわけではありません。自分がしたいからやっていたのです。どうして校長先生に声をかけてもらって嬉しかったかと言うと、自分がやっていることをちゃんと見てくれていたからです」

「そうかっ! 自分のことを見ていてくれたんだと思うから、褒められると嬉しいのですね」

「正解です。見ていてくれたと思うから、嬉しいのです。でも、褒めればいいということだけが注目されてしまい、本当に大事なところが伝わっていないのです」

「私もなんとなく褒めることが大事だってくらいにしか思っていませんでした」

 

「ここで、子育てのプリンシプルです」

「はいっ!」
智子は、準備万端ですと言わんばかりに、ペンを持ち、中田が放つ言葉を待っていた。

 

「子どもが、自分のことを分かってくれると思えるか?」

言われたまま、智子は中田が言ったことをメモ帳に書く。

「自分のことを分かってくれる……ですか?」

「そうです。褒められてどうして嬉しいかというと、ちゃんと見てくれたと思うからです。見てくれていて嬉しいのは、自分のことを分かってくれると思うからです。

「そういえば……娘が中学生のとき、よく”お母さん、全然分かってくれへん”って言っていたことがありました」

「まさにそこですね」

「できるだけ理解しようとは思っていたのですが……なかなかできませんでした」

「拓海くんは、どうでしょう?」

「あの子は、なにも言わないですねぇ。あまり自分からも話しをしてくれませんし。こちらからなにを言っても、ほとんど反応がないので」

「むふむふ。まさに思春期男子といった感じですね」

「はい。なかなか困った子で、どうしたらいいか悩んでいます」

「少しずつ、解決できるようにしていきましょう。では、具体的にこのプリンシプルについて話をしていきますね」

「はい。お願いします」

「まず、全ての前提として、とても大切な概念の話からしていきましょう」

「大丈夫かな……、私に分かるかな……」

智子は不安そうな顔をしながら、中田を見る。

「できるだけ、分かりやすく、かみ砕いてご説明させていただきますね。分からない部分があれば、いつでも質問してください」

中田は、柔和な顔をして智子に言って、コーヒーをすする。

「やっぱり、ここのコーヒーは上手いな……」
感慨深そうに話すと、「では……」と言って、話しを続ける。
「智子さん、自尊感情って聞いたことがありますか?」

「いえ、ちょっと分からないです」

「では、自己肯定感は?」

「あっ、それは聞いたことがあります。学校の先生も大事だって言っていました」

「自尊感情も自己肯定感も同じです。では、聞いたことがある自己肯定感で話しを進めましょう。智子さん、自己肯定感ってなにか説明していただけますか?」

「う〜ん……、自分を肯定すること……でしょうか? って、そのままですよね」

「ありがとうございます。正直、よく分かりませんよね?」

「はい。なんとなく分かっているつもりではあるのですが、いざ説明をしろってなると、難しいですね」

「そうですよね。では、詳しく説明していきますね」

「自己肯定感とは、”自分のよいところも悪いところも全て受け容れる”ことです」

智子は、メモ帳に言われたことをそのまま書く。

「先日、智子さんにガンバッている自分、イライラしている自分も受け容れましょうとお話ししましたよね?」

「はい。あの言葉でだいぶ気持ちがラクになりました」
「まさにその瞬間が自己肯定感が高まっている状態です。知り合いの先生は、自己肯定感のことを”自分が自分であって大丈夫という感覚”とおっしゃっています」

「自分が自分であって大丈夫?」

「智子さんは、子育てがうまくいっていなくてイライラしているとき、自分のことをどう思っていましたか?」

「うまくできない自分は、ダメだと思っていました」

「自分が自分であって大丈夫だと思えていましたか?」

「あっ! 全然、思えていませんね。ダメだと思っていたので」

「そうですよね。でも、イライラしている自分も良いんだと分かり、受け容れた。これがまさに自己肯定感です」

「じゃあ、私は知らぬ間に、中田さんとお話しすることで、自己肯定感が高まっていたのですね」

「思春期の子どもは、この自己肯定感が低いのです。万能感を手放すことで、中学生あたりから自己肯定感も下がっていきます」

「自信と自己肯定感とは同じものでしょうか?」

「少し違います。ただ詳しく説明すると、とても難しくなるので簡単にご説明しましょう。2人のマラソン選手がいます。一人は、”なんとかケガが治って走れそうだ”と思っている。もう一人は、”今日は勝てそうだぞ”と思っている。この違いです」

もう少し詳しく説明して欲しいという顔で智子は、中田のほうを見る。

「拓海もすごく低いと思います」

「自己肯定感が低くなってしまうのは、当然です。思春期なので。ただ問題は、ずっと低いままでいることです。意欲が低いままだと、勉強のやる気もでません。そうなると、学校を辞めてしまったり、進路が限られたりしてしまいます」

「まさにそこが頭痛の種です。このままだと、高校も行けるところがあるのかって思うと、悩みはつきません」

「心配になりますよね。思春期の子が自己肯定感が低くなってしまう原因は、比較するからです」

「誰かと比べるから?」

「いえ、自分とも比較するのです」

「自分とも?」

「はい。友達や周りの人と比べるだけでなく、理想の自分と比べるのです」

「理想の自分?」

「こんなふうになりたい。こんな人でありたい。これくらいできて当然という、自分のあるべき状態ですね」

「ああ、私が子どもにとってステキな母親でいるみたいなものですか?」

「そうですね。目標や理想があるのは当然なので、なにも問題ありません。しかし、その理想に届くのが当たりまえ。理想に届かない自分は全てダメだと思うとどうなりますか?」

「すごくしんどい」

「そうなんです。子どもたちは、他人だけでなく、自分とすら比べてしまうから、しんどくなってしまうのです」

「学校でも、いろいろ比べられてしまいますもんね」

「比較することで、どんどん自己肯定感が下がっていってしまいます。自分であって大丈夫と思えないのです」

「どうすれば、自己肯定感を高めることができるのでしょうか?」
「ここがプリンシプルの部分と関係するのですが、”包み込まれ感覚”を育むのがなによりも重要です」

「つつみこまれかんかく?」

「赤ちゃんを優しく抱きしめますよね。あれが包み込むのイメージです。たとえば、小さい頃、おじいちゃんや親戚の家に行ったときに、なんだかほっとしたことありませんか? 落ち着くなぁという感覚。それが包み込まれ感覚です」

「なんだか温かいなぁという気持ちでしょうか?」

「そうですね。その感じが包み込まれ感覚です」

「どうすれば、その包み込まれ感覚を育むことができるのでしょうか?」

「比較せず、評価せず、ただ、あるがままを受け容れてあげることです」

「すべてを受け容れる、と?」

「智子さんが自分自身を受け容れたのと同じように、お子さんを受け容れてあげるのです」

「悪いところも受け容れる?」

「そうです。勉強をガンバっているから。誰かより優れているから。そういう条件をつけず、全てを受け容れるのです」

「いや、さすがに無理です」

「無理というと?」

「拓海は、全然やる気がないし、なんにもしないんですよ。たまに私に暴言も吐くし……。さすがに、そんな息子に対して、全てを受け容れるなんてできないです」

「そうですね。そうだと思います。いきなり、全部は難しいと思います。なので、少しずつやっていきましょう。まずは、理論として頭に入れることが大切です」

「はい……。ちょっとできるか自信ありませんが……」

「受け容れるについて、もうちょっと考えていきましょう」

「お願いします」

「受け容れるときに、褒める必要はないと言いましたよね?」

「はい。否定も肯定もせず、ただあるがままを受け容れるのだと」

「そうです。受け容れるとは、肯定とは違います。別に、ダラダラしているからOKというわけではありません」

「あっ、そうなのですか?」

「勉強していなくても大丈夫。やる気がない状態でも良いよ。というわけではなないのです」

「そうなのですね。ちょっと安心しました」
「良い悪いで判断をする前に、まずは受け容れてあげるのです。ご自身でやった場合と考え方は同じですよ。そういうこともあるよなぁと、受け容れるのです」

「ダラダラしているところを見ると、ついイライラしてしまいます」

「つい小言をいってしまうこともありますよね」

「そうなんです。口答えしてくるので、余計にイライラしてしまうのです」

「心に余裕があるときで結構です。ああ、学校で疲れているのかなぁ。ゆっくりしたいときもあるよねと、受け容れる練習をしていきましょう」

「自信ないですが、やってみます……」

「土に水をやると少しずつ染みこんでいきますよね。そんな感じで、少しずつ受け容れていくっていうのが大事です。すぐできるようになることはありません。ほんと、徐々に徐々にです」

「そう言っていただけると、気がラクになります」

「おじいちゃんやおばあちゃんといるとき、なんだか温かい気持ちになるのは、あるがままを受け容れてくれるからです。ちびまる子ちゃんの友蔵って分かりますか?」

「まるちゃんのおじいちゃんですね」

「そうです。友蔵ってまるちゃんをすべて受け容れるのです。まるちゃんがテストで悪い点をとっても、”まるこは悪くない”と言ってかばいます。”まるこはまるこでええんぢゃ”と言います」

「あるがままを受け容れてくれるのですねぇ」

「これこそが、まさに包み込まれ感覚です」

智子は、これまで聞いた話を整理しながら、メモをする。

「包み込まれ感覚が育まれることで、自分を受け容れること、自己受容ができるようになります」

“包み込まれ感覚が育まれると自己受容ができる”

智子は、ノートに書いた。

「まるちゃんを考えると分かりやすいです。友蔵が温かく接してくれることで、まるちゃんは自分のことをどう思いますか?」

「私は、私で大丈夫」

「そうですね。悪いところがあったとしても認めてくれる大人がいることで、自分は大丈夫だと思えるのです」

「だから、自分を受け容れることができるのですね」

「では、評価する人だけが周りにいるとどうでしょうか?」

「すごくしんどいですね。プレッシャーになりそうです」

「これこそが、子どもたちを取り巻く環境です。大人たちがみんな評価するのです。勉強ガンバってえらいね。頭が良くてえらいね、と」

「包み込まれ感覚とはほど遠いですね」

「そうやって評価されることで育ってきた子どもは、折れやすい子になります」

「折れやすい?」

「優秀だった子が進学して挫折したって話、どこかで聞いたことありませんか?」

「あります。あります」

「それは、その子が頭の良さばかりを褒められてきたからです。頭良いから自分は大丈夫だと思っていたのです。でも、成績が悪くなり、頭が良い状態ではなくなる。すると、どうなりますか?」

「頭が良くない自分はダメだと思う?」

「そうなのです。一見すると自信がありそうな子が、挫折するのは、そんな理由があるのです。だからこそ、自己肯定感がすごく大事なのです」

「成績が良くても、自信がありそうでも、折れやすい可能性があるのですね」

「はい。そこを判断するのが、自己肯定感です。自己肯定感は、全ての土台になります」

「自己肯定感ってすごく大事ですね」

「つい人は、学力など見える部分で判断してしまいますよね。でも、自己肯定感が低いことで、いろいろな問題が出てきます。たとえば、自分が自分で大丈夫と思えないと、ガンバれないですよね」

「はい。私も低かったのでよく分かります。諦めてしまうんですよね。どうせできないって。まぁ、今でもまだまだ低いのですが……」

「大丈夫ですよ。自分を受け容れることができていけば、自然に高まっていくので」

「良かったです。これからもガンバっていきます」

「自己肯定感は、これからもよく使う言葉なので、しっかり理解してくださいね」

「はい」

「では、そろそろプリンシプルに戻りましょう。1つ目のプリンシプルは、なんだったでしょうか?」

「えっと……」

智子はノートをめくり、さっき書いたところを探した。

「子どもが、自分のことを分かってくれると思えるか? ですね」

「そうです」

「詳しく教えてください」

「ぜひと言いたいところなのですが、ちょっと長くなってしまったので今日はこのあたりにしておきましょう」

「ええー。聞きたいです……」

「専門的な話しもいっぱいあったので、ちょっと頭もパンパンになってしまうと思います。今日は、自己肯定感についての復習をしていてください」

「分かりました。ノート、見返しておきます」

「よろしくお願いします」

「今日もありがとうございました」

 

車での帰り道、今日学んだことを智子は復習していた。

自己肯定感……か。

なんとなくは分かっているつもりだった。

大事なのは分かっていた。

でも、正直それがなにかはよく分かっていなかった。

(つづく)

母親失格。〈連載小説③〉

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この記事を書いた人

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒

中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。
しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。
野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。
浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。
友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。
フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。
京都新聞にして子育てコラムを連載中。
詳しいプロフィールはコチラから

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