「学校がしんどい当事者」を、不安から救うために。

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クリスマスも終わり、個人的にも本当に様々なことがあった2016年が間もなく終わりを告げようとしています。

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そんな今年は、特に「学校がしんどい」子どもたちとたくさん出会った1年でもありました。

露骨に学校がしんどいアピールをする子もいました。
明るく振る舞っているのに実はこっそりと「学校イヤやねん」と教えてくれた子もいました。
長年付き合ってきた友人が、実はかなりの長期間不登校だったことも知りました。

僕はそのすべてのアピールに対して、「それでいいんだよ」という態度で接してきた、つもりです。
人間、「自分に嘘をつく」ことほどしんどくて悲しいことはありません。

この世界には、まちがいなく皆さんが考えている以上に「不登校」や「学校が苦手」という人が多いです。
たぶん、僕の知らないところで実は不登校だった友人はまだいるんだろうなあと思っています。

でも、そんな人たちを救う「セーフティネット」は、まだまだ確立されていない現状があります。

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先日、以前イベントも開催させていただいた学び舎 傍楽さんで開催された不登校お話会に参加しました。
ここのオーナーの駒井さんは、2人のお子さんがそれぞれ不登校になった経歴をお持ちの方です。

僕はその駒井さんのお話、さらに参加されている方々と不登校の情報交換をするのが最大の目的でした。
ところが、その駒井さんのお話のあと、ぜひ山本さんの体験談も聞きたい、という流れに。
当然レジュメも話す内容も考えていなかったのですが、即席で体験談を軽くお話させていただきました。

駒井さんに引き出してもらいつつ、不登校のきっかけ、親からのサポートを中心に、20分ほど。
内心こんな話でもいいのかなぁ、と思いながら進めましたが、あとですごく良かった!と感想をいただきました。
「ぜひ自分の子どもにも聞かせたい!」という声もありました。

ぜひ自分の子どもにも聞かせたい!」。

僕はこの感想と、その前にあったとあるワークショップから、こんな仮説を立てました。

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今の子どもたちは、たとえどんなに学校が嫌でもその感情に背きながら朝を迎えているのではないか。
あるいは、学校に行かない選択肢をとったことに、何か引け目を感じているのではないか。

ある日、中高生を相手に「人生グラフ」というものを発表したことがありました。
僕が不登校になった経緯を話していると、いつも明るいある高校生が、とても神妙な顔で聞き入っていました。
あとで感想を聞けば、「なんか、自分の人生と似てるなあと思って・・・」と小声で話す高校生。

この子もまた、学校が苦手な気持ちを抱えて毎日過ごしていたのでした。
そんな気持ちを隠すからこそ、あえて明るく振る舞ってるんだろうなあ、ということは容易に想像がつきました。

学校が嫌なら、嫌でいいと思うんです。
だいたい、世界中の子どもたちが全員学校大好き!って言いだしたら、それはそれでおかしな世界だと思います。
だけど、毎日毎日「学校楽しい!」と自分で自分を騙して、体にムチ打って毎朝家を出る日々。

なんでそんなに無理して学校に行くのだろう?

きっと、彼らなりの「不安要素」があるのだと思います。
周りは学校に行ってるんだから、自分も行かなきゃ取り残されてしまう。社会についていけなくなるかもしれない。
別に「学校が嫌い」と言っちゃいけない法律なんてないのに、その言葉を持ち出すことに恐怖心を抱いてしまう。

これは、当事者の子どもたちはもちろん、親をはじめとした周囲の大人たちも同様に抱く感情です。

子どもが学校に行かない。昼になっても部屋から出ない子どもに、どう関わったらいいのだろう。

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今年、数度不登校の子供を持つ親の会に「元当事者」としてお邪魔させていただく機会がありました。
もちろん、主催団体もその場にいた参加者もバラバラ。
ただし、ひとつだけ共通していたことがありました。

それは、話を進めていくうちに涙で言葉が詰まってしまう参加者の方がいたこと。

D.Liveとしても、今年は大人向けのワークショップを開く機会が多い1年になりました。
特に代表の田中が毎回担当する「おとなTRY部」では、毎回気づけば涙を流す参加者の方が多いそうです(参考)。
ちなみに「おとなTRY部」は、不登校の親御さんに限定して開催しているわけではありません。

つまり、不登校云々を抜きにして、それくらい毎日思い悩んでいる親御さんがいる、ということなのです。

正直なところ、僕は「誰かが泣いている」というシチュエーションが、すっごく苦手なんです。
目の前で泣いている人を見ると、あ、えっと、何すればいいんだろう、と頭の中であたふたしてしまいます。
でもそのぶん、自分の子育ての悩みを吐露する場所がすごく少ないんだなあ、って、いつも思います。

学校に通う子を持つ親御さんでも悩みが尽きないのに、不登校の子を持つ親御さんが悩まない訳がありません。
だけど、どこに相談すればいいのかわからない。誰を信頼していいのかもわからない。
20年前、我が子が不登校になった駒井さんも、最初は「話せる場所」がなくて、とてもしんどかったそうです。

やっぱり、「学校が嫌い」な当事者の「駆け込み寺」が、圧倒的に足りていない。
涙ながらに悩みを話す当事者を目前に、社会はもっともっと助け船を出さなきゃいけない、と痛感しました。

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今、TRY部は不登校の子を持つ親御さんからのお問い合わせや面談依頼が相次いでいます。
そろそろTRY部を不登校の子どもたち向けにもっと広めていきたいね、という話もよくしています。
実際、TRY部の生徒には不登校だったり、学校がしんどい子どもたちも毎週ワークに参加してくれています。

そんな子どもたちにとっても、TRY部の時間はある種「落ち着ける」時間なのが、態度や行動からよくわかります。

不登校は、実はものすごくシンプルです。
ただ、自分と「学校」の相性が悪いだけなのです。
「学校に行かない」という、ひとつの生き方を実践しているだけなのです。

そして、いまのこの時代、いかなる理由でもいつどこでだれが不登校になってもおかしくはありません。
極論を言えば、今いる子どもたちが全員「不登校予備軍」なのです。
だからこそ、「学校に行かない生き方を認めてあげる」ことが、大人や教育関係者に求められているのです。

「不登校は悪くないよ」、と、大人も子どもも不安を解消できる場を、来年はもっともっと作っていくこと。
これが、僕やD.Liveに課せられた2017年の大きなミッションなのかもしれません。

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さて、毎週水曜日に更新している僕のコラムも、年内の更新はこれが最後。
2016年も、拙い僕のコラムにお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
来年も不登校を中心としたトピックを皆様にお届けしていきますので、よろしくお願いいたします。

どうぞ、よいお年を!

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山本 駿

山本 駿

NPO法人D.Live スタッフ / 高校非常勤教員(社会科) 京都出身。中学3年間不登校。岐阜県内の大学を卒業後、不登校ボランティアを経て2014年よりD.Liveに参画。主にTRY部や不登校講演事業を担当しながら、今を生きる子どもたちの先生でも友達でもない「ナナメの関係」になることを目指しています。