【どうして?】子育て講座で泣く人が続出するワケ(おとなTRY部)

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気がつけば、泣きながら話をしていた。

周りの人たちは優しそうに笑いながら、「これ使って」と、ポケットティッシュをそっと差し出してくれる。

あれ?こんなハズじゃなかったのに。。。

友達から誘われて初めて参加した「おとなTRY部」
あんまりなにをするのか知らなかったけれど、「子どもの自信」というテーマを聞いて、行くことにした。

扉を開けると、数人のひとたちが楽しそうに話をしていた。

知らない人たちばかり。
少し緊張した面持ちで、中へ入っていく。

 

受付を終え、席に座る。

「今日は、『子どもの自信白書』についてお話しますー」と、男の人が言っている。

どうやら、この人が講師の人みたいだ。

荷物を部屋の隅に置き、イスだけが円に並べられているところへ、おもむろに座る。
白書をペラペラとめくっていると、ぞろぞろと他の人たちが入ってくる。

しばらくすると、「では、そろそろはじめます〜」という声が聞こえてきた。

講師の人は、「いちろーと呼んでくださいね」とにこやかに、ラフな感じで挨拶をする。
正直、思っていたよりもずっと若い感じだった。

 

今回のテーマについて説明が終わると、いちろーさんは「では、チェックインをします」と言い出した。

んん?
チェックイン?

ホテルでおこなう、あのチェックイン?

頭の中には、ハテナがたくさん浮かぶ。

 

「チェックインとは、ホテルでおこなうチェックインと同じです。
イベントに参加する上で、まずは皆さんにもチェックインをおこなっていただきます。
場に入るという意味で、チェックインと言います」

 

ほう。そんなのがあるのか。
なんか自己紹介してくださいと言われるよりは、すごく気楽な気がしてきた。

 

「チェックインのルールは、1つ。拍手はしなくて結構です。
拍手をすると、どうしても“うまく話さないといけない”という心理がはたらきます。
でも、上手に話す必要はありません。大事なのは、この場に入ることです。
どうして来たのか、今どのように感じているか、どんなことを思っているのか。
心の中にあることをお話ください」

 

いちろーさんは、チェックインの説明をおこなったあと、「では僕から話しますね」と言って話しはじめた。

イスに座り、みんな円座。
全員の顔が見える。
参加者は10名ほど。

1人1人話していく。

すると、何人もの人が泣きながら自分の話をした。

そして、私も気がつけば、泣きながら話をしていた。
周りの人たちは優しそうに笑いながら、「これ使って」と、ポケットティッシュをそっと差し出してくれる。

あれ?こんなハズじゃなかったのに。。。

いろんな講座には参加したことがある。
勉強会にも行く。

でも、自己紹介の時点で泣くような状況はハッキリ言って異常だ。
今までこんな風景は見たことがない。

なんだかここならどんなことでも受け容れてもらえる気がした。
泣きながら話している人を見ても、みんな優しく見てくれている。

すごく落ち着く雰囲気。

そんなハズじゃなかったのに、気がつけば涙をこぼしながら自分の話をしていた。

普段は、こんなことないのに。。。
ほとんどの人が泣きながらおこなう自己紹介が終わると、いちろーさんは「どうしよっかな」と少し困った顔で笑った。

「まずは『子どもの自信白書』を見ながら、自尊感情について説明をしますね」と言い、みんなでレクチャーをうける。

「実は..」といちろーさんは少し戸惑いながら話す。

「このあと、グループに分かれて話し合う時間を取ろうと思っていたんですが、このままのほうが良さそうなので、そうしますね」と言い、手元のメモ帳に視線を落とした。

 

後で聞いた話。

 

「タイムスケジュールとか、どんなことするかって事前にちゃんと決めているんですよね。
でも、僕はこれどうでもいいとも思っているんです。

大切にしたいのは、参加してくれた人たちが困っていることや悩んでいることをキチンと拾うこと。


全て解決するってのは出来ないかも知れないけど、せっかく時間とお金を費やして参加していただいている。


だから、その期待にはちゃんと応えたい。“来てよかったな”と心の底から思ってもらいたいんです。


ほとんどの講座は、プログラムありきですよね?

もちろんその手法を否定はしないんだけど、それって結局平均点しか取れないなぁって思うのです。

“勉強になったなぁ”ではなくて、次の日から。いや、帰ってすぐに使える。活用できる。

そんな講座をここではやりたいなって思うから、だから、この日も内容を大幅に変えました」

 

いちろーさんは、チェックインで参加者の人たちが話していた悩みについて1つ1つ「こう思うんですよね」「自尊感情で考えると〜」と言いながら言葉を選ぶように話し始めた。

正直、目から鱗だった。
思わず膝を打つことも少なくなかった。

まるで、新しい視点を提供してもらったような「ああ、そういう考えがあるのか」と思う感覚。

小学生のとき、常に突飛な発想をする男子生徒がいた。
あのときは、なにを言っているのかわからず変な子だなくらいに思っていた。
けれど、今思えば彼はすごくユニークだった。

そんなことを思い出すような、新鮮な感じだった。

ずっと子育ては、「こうしなければならない」と思っていた。
“答え”があって、その“答え”からはずれた行動をする自分を責めた。
自分が悪い。自分が出来ていないからダメ。
子育ては、辛く、しんどかった。
自分のダメさを痛感させられるから。

こんな親で申し訳ないと子どもに心の中で謝ったこともあった。

もっとガンバらないと。
もっとちゃんとしないと。

でも、できない。

頭ではなにをしないといけないかわかっている。
でも、できない自分が歯がゆい。
いちろーさんは、少しどや顔でこう話す。

「子育ての自信とかいらないです。
できないって責める必要もありません。
ガンバるなんて無理です。しんどいですからね」

まるで私の心を見透かすように、彼は話しを続ける。

「自信神話みたいなのあると思うんです。
自信があれば出来る。っていう。
でもね、そんなの考えていても自信がやってくるなんて瞬間はきません。

そんなものは、チルチルとミチルみたいなもので、探しても見つからないんです。
だから、自信がないとか自信が欲しいって言うのはやめましょう」

 

自信なんていらない?

そんな風に考えたことはなかった。
ずっと、自信が欲しい自信が欲しいと思っていた。

「大事なのは、“Want”です。“したい”です。”have to”で動くとしんどい。
こうしなくちゃならないってのは、もうめちゃくちゃしんどい。
“褒めないといけない”って考えると、なんかいやですよね?義務みたいになっちゃう。

だから、子育てをする上で自信があるとかないとかは横に置いておいて、自分がどうしたいのかを考えましょう」 

ああ、私は今までずっと“こうしなきゃ”と思って子育てをしていた。
子育て本を見て、出来ていない部分がわかるたびに落ち込んでいた。

これが出来ていない。あれが出来ていない。
ずっと正解以外はダメだと思っていたけど、そうじゃないのか。

「子育てで大切なことって1つだけなんです。もうこれ以外、ぶっちゃけどうでもいい。
なにかって言えば、“子どもがどう感じているか?”です。

極端な話、叩こうが殴ろうが、それに対して子どもが親からの愛だと思えたらそれはオッケーです。
(良い悪いは別にして)

優しく見守っていても、子どもが「分かってくれない」と思うのであれば、その方法は良くありません。

つまり、“子どもになにをするか”ではなく、“どう感じているか?”、“どのように伝わっているのか?”を考えるのが大事なのです。

正解は、各家庭、子どもによって変わるのです。
だからこそ、マニュアルに正解を求める必要はないのです」

 

ああ、正解は子どもの中にあるのか。
ほうほう。

でも、じゃあそれこそどうやってその“正解”を見つけたらいいんだろう?

隣に座っていた人が、私の疑問を口にしてくれる。

 

「ああ、簡単です。聞けばいいんです。子どもに。“どう?”って。
先ほど、自分の子がお利口にしてる感じでしんどくないか心配ってお話がありましたけど、それも本人に聞いたらいいんです。
“しんどくないの?”って」

 

子どもに聞くという姿勢は、自分の中に全くなかった。
いちろーさんは、教室などで子どもと接しているときに、どんどん聞くらしい。
「どう?」「なんでなん?」と。
円座になって、みんなでレクチャーを聞くのはすごく楽しい。

一方的にいちろーさんが話すだけじゃなく、その言葉を受けて他の人が疑問を口にする。
すると、そこから問いがひろがっていき、「実は..」とまた違う人の悩みなどが出てくる。

なにより良かったのは、みんな悩んでいて、同じようなことで苦しんでいることがわかったこと。

「ああ、それ私もあった!」「同じ〜」

子育ては、“孤育て”と言われるように、孤独な作業。
答えも見えず、どうしたらいいのかもわからない。

だからこそ、自分一人だけじゃないんだってわかることがとても心強い。

 

ここに来ている人は、子どもの年齢もバラバラ。

同じ年齢だと同じ悩みが共有できるけれど、みんなでグチを言うだけになりがち。

でも、違う年齢のママだと、乗り越えてきた経験がたくさんあるので「そのときはこうしたよ」という助言をもらえる。

「私もそのとき悩んだよ」と言われると、自分だけじゃないんだと思ってほっとする。

 

 

「子育てで僕が大事だなぁと思うことをこの人がすごく上手に表してくれています」

パソコンのモニタに映し出されたパイロットの写真。

antoine400

「この人、サン・テグジュペリっていいます」

周りから、“ああ、星の王子様”という声があがる。
「そうです。この人がこんなふうに言っているんです」

 

愛とはそれはお互いに見つめ合うことではなく、
いっしょに同じ方向を見つめることである

 

「僕、恋愛と子育てって似てると思うんです。夫婦でも、元々は他人同士ですよね。子どもも同じ。自分と同じ血は流れているけれど、やっぱり自分とは違う。他人なんですよね」

確かに、そう言われてみると子どもへの愛も恋愛も似ているのかも知れないなぁ。

他の恋愛に関する名言について考えていると、いちろーさんが話しを続けたので我に返った。

 

「子育てって2通りあると考えています。向き合う子育てと同じ方向を見つめる子育て。
普段、どっちでやっています?
“向き合う”って簡単なんですよ。子どもが顔を背けたら強制的にこっちを向かせたらいい。
“見ろ”と言えばいい。
大人主導でなんとかなります。

でも、“同じ方向を見つめる”ってのは難しい。
まず、どこの方向を見ているのか観察しないといけない。向きだけではダメで、角度も距離も大事。
どこを見ているのかをしっかり理解し、それを一緒に見る。
そうやって、同じ方向を見つめる子育てが僕はとても大切だと思うのです」

ああ、私はいつも向き合っていた。
“どうして、やらないの?”と、何度も顔をこちらへ向かせるようにしていた。
同じ方向を見るなんて考えたこともなかった。

 

「最後に。
今日も皆さんおっしゃってましたよね。
手出ししすぎるのもダメだと思う。でも、放置するのもどうかって。

僕、親の役割ってなにかなぁって考えたときに、補助師だなって思ったんです。
体操の鉄棒の。

補助師って、鉄棒に捕まるときに補助をするんですね。

選手が鉄棒をしているときは、じっと見守っている。
でも、失敗したり落ちそうになったときに、すぐかけつけて補助をする。
鉄棒しているときには手を出せませんよね。
ぐるぐる回転しているときに介入しようとすると、危ない。

でも、危険なときにはすぐにかけつける。
そんな役割が親ができることだと思うんですよね」

 

「まぁ、今思いついたんですけど」と、いちろーさんは少しはにかみながら話してこの場を締めくくった。

モヤモヤしていた心は、晴れ渡った。
別になにも解決していない。

きっと明日も毎日はせわしなく過ぎ、子どものことでモヤモヤ、イライラするのは目に見えている。
でも、1つだけ違うことがある。

試してみたいことができた。

今までなら、「こんなときどうすれば?」と悩むこともあったけど、今日はその対処法を知った気がする。

子育てがなんだか少し楽しみになってきた。

子育てをしていて泣くこともたくさんある。
けれど、子どもを見て救われる朝もあるから。

だから、明日もガンバれる。

ああ、こんな気持ちいつぶりだろう。

 

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次回の「おとなTRY部」は、1月7日です。
お申し込みは、下記より。

 

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田中 洋輔

田中 洋輔

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒 中学時代は、部活に打ち込み、勉強では学年で常にトップ10以内。 しかし、中学3年生のときから学校がしんどくなり、誰とも話さなくなる。 野球選手を目指し、大阪の野球強豪校へ行ったものの、自信を失い退部。そこから学校へ行かず、河川敷で過ごす毎日をおくる。 浪人して立命館大学へ入学したものの、なにをしたいかが分からなくなり、行く意味を失う。1回生の夏から1年ほど、京都の下宿で引きこもる。 友人の支えもあり、復活。政治家の秘書やテレビ制作などのインターンをおこない、期間限定のカフェも開く。「自分のようにつらい思いをさせたくない」と思い、D.Liveを立ち上げる。 フリースクールや自信を取り戻す教室を運営。不登校に関する講演や講座もおこなっている。 京都新聞にして子育てコラムを連載中。 詳しいプロフィールはコチラから