「自信のない君」へ送り続けるエール・前編
先日、D.Liveの活動、そして代表の田中へ取材をしていただきました。
その内容をこのブログでも掲載いたします。(NPO法人 D.Live スタッフ)
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現代の人々の持つ「生きづらさ」の正体には何があるのだろう?
その問いに対する一つの答えとして、行き着いたのは「人と比べることなく、自分という存在を肯定することのできる価値観」を子どもから大人になる過程でいかに育めるか、ではないかということ。私が D.Liveの活動に興味を持ったのは、この問題意識がきっかけでした。 現代の子どもや親の置かれている日本の社会、そこで活動するD.Liveについて、取材を元に前編後編に分けてお伝えします。 (本記事は、宣伝会議・編集ライター養成講座の卒業制作として執筆したものを一部加筆・修正しています。取材ご協力頂いた皆様には、この場を借りて改めて厚く御礼申し上げます。)
少年は将来、プロ野球選手になることを夢見ていた。「やればできる」。人一倍努力もした。しかし高校生の時、野球部の監督の何気ない一言に傷つき心が折れた。野球部を退部し、高校にも行かなくなった。大学には進学するも引きこもり状態、自分がどうしたいのか、何をしたいのかも分からない日々──。そんな少年時代を過ごした彼は現在、滋賀県草津市に拠点を置くNPO法人D.Live(ドライブ)の代表理事として、子どもたちに熱いエールを送り続けている。
子どもに自信を
「どんな子どもも、ここ(TRY部)に来たら絶対変わるので」。
自信のある言葉でそう言い切ったのは、NPO法人D.Live代表理事を務める、田中洋輔だ。子どもたちからつけられた「イチロー」のあだ名がしっくりくる、イチロー似の髭と少年のような目の輝き、よく通る高めの声。大阪出身、1984年生まれの田中は現在32歳。2009年に立ち上げ、2012年に法人化したD.Liveがミッションに掲げているのは、「子どもがなりたい自分に向かって思いきり取り組める社会をつくる」。日本の子どもの自信の低さに警鐘を鳴らし、課題解決に向けて活動する団体だ。
現在は「TRY(トライ)部」の運営、「子ども白書」の作成、講演活動の3本柱を軸に事業を展開する。団体設立の背景には、田中自身の不登校、引きこもりの経験がある。「自分のようにしんどい思いをしている子どもたちのために何かしたい」。
NPO代表理事 田中洋輔。1984年生まれ、大阪出身。
子どもの自信の低さはなぜ問題か
「自分はダメな人間だと思う 65.8%」
「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない 30.1%」*1
平成21年度に発表された中高生の意識調査が示すのは、自分に自信がなく、未来に希望を持てない子どもたちの姿だ。統計が示す他3カ国との差に改めて驚かされるものの、日本の子どもの自信の低さは今に始まった問題ではなく、10年前と大きく状況は変化していない。
*1 日本の高校生の意識調査結果
<資料>日本青少年研究所、平成26年度「中学生・高校生の生活と意識-日本・アメリカ・中国・韓国の比較ー」より抜粋 。
高学歴社会が根幹をなす画一的な日本の教育のあり方に、問題の一因はある。成績は良く、生活態度も真面目、教師の言うことを素直に聞く「良い子」であることを求められるのが日本の学校教育だった。それによって良い内申書をもらい、良い学校に進学し、良い企業に就職することで将来の安定が保証されると信じられてきた。ところがバブル経済崩壊によって社会構造は大きく揺らぎ、将来に対する不安と疑問が生まれた。
なぜ勉強をするのか。良い学校を出ることに意味はあるのか。
幸せとは、生きる意味とは何か──。
子どもたちが求めているのはお仕着せ型の教育ではなく、新しい時代を生きるための知恵である。新たな価値観が必要とされているにも関わらず、教育制度は従来のまま。以前から子どもたちが晒されてきた「良い子」を演じるストレスに加え、大人や社会に対する不信感が生まれ、出口のない将来への不安に子ども達は苛立ちを感じるようになっていた。
子どもたちの心の問題が新たな社会問題として取り沙汰されるようになったのもバブル経済崩壊後のことである。1997年に神戸市で起きた「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る中学3年生男子生徒による連続児童殺傷事件をはじめ、中高生による凶悪犯罪が多発した。青少年犯罪件数自体は減少傾向にあったにもかかわらず、世間が恐怖に陥ったのはそれらの事件の凶悪性だけでなく、従来のタイプの加害者、所謂非行少年によって引き起こされるのではなく、真面目でおとなしく成績も優秀な、「良い子」タイプの子どもが加害者になるパターンが増えたことだった。突然「キレる」子どもの現象は世間に大きな衝撃を与えた。
その後、子どもを取り巻く社会の状況は激変していく。自尊感情の低い母親を中心とした我が子虐待件数の増加、核家族化の進行や、コミュニケーションの希薄化による地域社会における子育て機能の低下、インターネットの普及による情報量の増加など、様々な要因が複雑に絡み合い、子どもの心に影響を及ぼしてきた。「尾木ママ」こと尾木直樹氏は、これらの社会問題を読み解いた2冊の著書『子どもの危機をどう見るか』『思春期の危機をどう見るか』の中で折に触れ、自尊感情の低さに言及している。子どもの心の問題は家庭や学校といった一部の問題ではなく、社会全体に係るものだとした上で、必要な解決策の一つには、いつの時代にも変わらない、「他でもない、あなたが何より大切だ」というメッセージ、基本的な大人からの愛情による子どもの自信を育むこと。そしてもう一つに、子どもの声に耳を傾け、子どもに参加させ、子どもと一緒に社会を作っていく抜本的な教育改革、延いては社会のあり方の変革であるとしている。子どもたちは今、お仕着せの教育ではなく、「共感」と「支援」を求めているのだ、と。
期待せず、ただ寄り添うこと
生きづらい現代を生きる子どもに寄り添い、学校でも家庭でもない第三の立場から彼らを支援することにD.Liveの活動意義がある。そして、単に地域の子どもを支援することにとどまらず、子どもの自信を育むノウハウを用いて日本社会を変えることが彼らの目指しているビジョンである。
TRY部の活動中、子どもの冗談に爆笑する田中と生徒たち。
D.Liveの3本柱のうち、唯一子どもと直接関わる事業がTRY部である。小学校低学年から高校3年生までを対象にした「勉強を教えない学習塾」。現在は8名の子どもが通う。4月から高校生になった息子を、中学の頃からTRY部に通わせる保護者の和田さん(仮名)は、田中をこう評する。「気さくな人。子どもと同じ目線に立って見てくれている」。子どもにとって、親や学校の先生との会話は一線を引いている。しかし田中やTRY部のスタッフとはそのような一線はなく、「近所のお兄さん」として接することのできる相手なのだという。
「TRY部だと、生徒同士で意見を言っても否定的なことは言われないし、皆で悩んでいることを一緒に考えてくれるのも嬉しかったみたいで。やっぱり友達には恥ずかしくて言えないみたいです。今の自分の悩みとか」。
学校でも家でも吐き出せない思いや考えを、子どもたちが安心して口にできる場所がTRY部なのである。田中は自身の高校時代を振り返り、中学生の頃から悩みを打ち明けたり相談できる人を作っておけばよかった、と述べていた。TRY部は少年の頃の田中自身が欲しかった場所でもある。
周囲の大人から受けた言葉に深く傷ついた経験のある田中にとって、子どもと接する中で「傷つけてしまったら」「助けてあげられなかったら」といった不安はないのか。すると田中は少し意外そうな表情をした後、「一切なかった」と答えた。「自分たちがやろうとしていることのハードルは低い。子どもを変えようとか、助けてあげようとすら思っていない。子どものやりたいことに耳を傾け、ただ寄り添うこと。できるじゃないですか?」と。
スタッフの山本はそれを「キャッチャーフライ問題」と表現する。「TRY部はスタッフ全員がキャッチャーフライを全力で取りに行く集団。だからセカンドに飛んでいった打球は取れない。皆それで良いと思っている。いわゆる、複雑な家庭環境や重い問題を抱えた子どもたちをケアするような場所とは立ち位置が異なる。自分たちにできるのは、自立しようとしている子どもの背中を押すことだ」。いかに子どもの自信を育むか、自分たちのやるべきことに集中し、試行錯誤しながら作り上げてきた形は出来上がりつつある。
*続きは後編にて掲載します。