不登校だった自分に、今ならなんて声をかけるだろうか?〈昼TRY部の徒然日記〉

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今から、15年ほど前。
制服姿のまま、僕は河川敷に寝転がっていた。

真っ青な空。
楽しそうにはしゃぐ子どもが見える。

平日の午前中。
ほんとうなら学校へ行っている時間。

僕は、学校へ行くこともなく、河川敷にいた。

ずっとプロ野球選手になりたかった。
自分なら出来るという根拠のない自信があった。

みんなに、「そんなの無理だ」と言われても、努力をするのを止めなかった。

でも……

高校に入り、他のすごい先輩や同級生を見ているうちに、自信を失い、部活を辞めた。

逃げ出したのだ。

自分でもわかっていた。

僕は逃げたんだ。

ずっと、その後悔にさいなまれ続けた。

野球をしている夢を見る。
「あっ、野球部に戻れている」と嬉しくなる。
でも、夢だと気がついて、落胆する。

逃げ出した自分が情けなく、「辞める」という決断を下した自分自身を僕は恨み続けた。

野球しかなかった僕は、やることがなにもなかった。
学校へ行く必然性もない。
ほんとうにやることがなんにもなかった。

制服を着て、家を出る。
でも、学校へ行かず、途中の河川敷に自転車を止めた。

寝そべり、空を見上げる。

晴れ渡った空とは裏腹に、僕の心は深く沈んでいた。

「なにをしていけばいいんだろう?」

ずっと野球しか頭になかった。
野球する人生しか考えていなかった。

野球をやめたとたん、将来が全く見えなくなった。

正直、大学とか、学校とか、進路とか。
そんなものは、どうでも良かった。

とにかく、欲しかったのは、“やるべきこと”であり、“目指すべき目標”だった。

なにか夢中になれるものが欲しかった。
だらだらと意味もなく、学校へ行くことに意欲は出なかった。

時は過ぎ、今、僕は自分と同じような、学校へ行っていない子どもたちと関わっている。

僕は、彼らの気持ちや苦しみが手に取るようにわかる。

以前、大学の講義で瀬戸内寂聴さんに相談したことがある。

「人生、めちゃくちゃ苦しいんですが、どう考えたらラクになれますか?」

すると、寂聴さんは「人生は、苦しくて当たり前です。仏様も、一切が苦だとおっしゃっています。でもね……」

少しはにかみながら彼女は、続ける。

「苦しい、しんどい思いをした人ほど、誰かに優しく出来るのですよ」

今でも、あの言葉は、僕の心に深く深く残っている。

しんどかった。
学校うんぬんよりも、やりたいことが見つからないのがキツかった。やることがなんにもなかった。

目標もなく、張りのない生活。
生きているのに、気持ちはまるで死んでいるかのようだった。

「僕みたいなしんどい思いをして欲しくない」

そう思って、今の仕事を始めることにした。

不登校は、12万人を越え、しんどさを抱えている子どもは多くいる。

1人1人、苦しさは違う。
悩みや不安も千差万別だろう。

僕が出来ることは、彼らに寄り添い、一緒に歩を進めていくことだけだ。

4月よりずっとやりたかった昼の居場所(昼TRY部)をスタートさせた。

学校へ行けず苦しんでいた子どもたちが、少しずつ成長していく姿を見るのは、ほんとうに嬉しい。

歩けなかった赤ちゃんが必死で立とうとしている姿を見ているかのように、少しずつ、少しずつ、成長をしてくれている。

家から出ることが出来なかった子が、電車で30分近くかけてここまで来ている。

先日、家庭訪問に来たとき、先生が言ったそうだ。

「正直、驚きました。こんなに元気そうだなんて……」

口数も増え、保護者の人がわかるくらいに元気になってきた。

会ったときは、全然話さなかったのに、今では冗舌で、「早く帰りや〜」というまでずっと話し続けている。

居場所づくりに関して、僕は大切にしていることがある。

それは、1人だけでやるゲームをさせないこと。

僕は、人というのは関係性の中で育っていくものだと信じている。

『キツツキと雨』を見て、そう強く思った。

成長するために大切なのは『何か』を小栗旬が教えてくれた

誰かと出会い、触れあっていくことで人は様々なことを学び、自分に足りないものを得ていく。
現状を変える勇気をもらう。

ただ単に来て、誰とも話さず、ゲームをして帰るのはあまりにももったいない。

僕がずっと1人きりでいた河川敷と、なんら変わらない。

僕があのとき、ずっと欲しかったもの。
それは、相談する人であり、会話してくれる人だった。

ホンネで話しを聞いてくれる。
自分のことをわかってくれる。

一緒になって、悩み、考え、寄り添ってくれる人が欲しかった。
僕には、誰にもいなかった。

学校へ行けていない子同士、通じ合うものがある。

凸凹(デコボコ)コンビとはよく言ったもので、ヘコんでいるところがあるからこそ、お互いで補うことができるのだ。

ヘコんでいないような、完璧に見える人の前では、決して弱みを見せることはできない。
親や先生にも打ち明けるのは難しい。

でも、なにか出来ないことを抱えているここの子どもたち同士だと、強がる必要はなにもない。

ありのまま、自分の弱い部分もさらけ出せる。
自分であって大丈夫と思える場所になっている。

そんなところなのに、1人の世界に引きこもるのは、もったいない。
この場所では、そんな残念なことはしたくない。

ただ、不登校の子どもたちの多くはシャイであり、人見知りだ。
人との関わりもそんなに得意ではない。

彼らにいきなり、なにかのワークをさせたり、会話の時間を作ってもしんどいだけ。

だから、今、昼TRY部でおこなっているのは、ボードゲームだ。

ボードゲームは、すごくいい。

テレビゲームだと、みんなが画面に向かっている。
会話ではなく、独り言が多くなる。

でも、ボードゲームだと、小さな会話が多くある。

昨日は、みんなで『人生ゲーム』をした。

ルーレットを回して、お金を稼いでいく、あのスゴロクのようなやつだ。

中学生は、「めっちゃ久しぶり」といい、楽しそうに参加していた。

たとえば、お金を得るとなったとき。隣の友達が、数えて渡してくれる。
カードを探してくれる。

「はい」「ありがとう」

何気ないやりとり。

でも、そんな会話を積み重ねることで、信頼関係は作られてくる。

実際の作業が入ることで、決してテレビゲームでは得られないやりとりが出てくる。

「話そう!」となると、どうしても緊張してしまう。
しんどくなることもある。

でも、ゲームに没頭し、その中で、必要があるやりとりだと、子どもたちは自然にコミュニケーションを取ることができる。

都会では挨拶しないのに、島へ行くと、すれ違う人に自然と挨拶するように。

先日は、『枯山水』というゲームをした。
庭をつくる渋いゲーム。

やはり、みんなで顔を合わせながらするボードゲームは良い。

自然に笑顔になれる。
楽しくなってくる。

悔しい。嬉しい。楽しい。

そんな感情が溢れてくる。

河川敷で1人だった僕は、笑うことも、泣くことも、怒ることもなかった。

感情をどこかに置き忘れてみたいに、喜怒哀楽を失ってしまっていた。

話す人もいなくて、ただ、1人だけで寂しく座っていた。

あのとき、僕にこんな場所があったら、どれだけ救われただろう。

誰かと楽しく笑える。
悩みを相談できる。
苦しい胸の内を明かすことができる。

そんな場所があったら……

ふと、思う。
あの頃の僕に、今ならなんて声をかけるだろうか?
どんな話がしてあげられるだろう?

現実的に、そんなことは、起こらない。
過去の自分に会うことはできないし、過去を変えることもできない。

だから、僕は、過去の僕が欲しくてたまらなかった場所をつくっている。

1人ぼっちで寂しくてたまらない子どもたちが笑える場所を。

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田中 洋輔

田中 洋輔

1984年 大阪生まれ 立命館大学文学部卒 好きなものは、Mac/ライフハック/ラーメン プロ野球選手を目指すも、強豪校へ入り挫折し不登校に。大学に進学するも、引きこもりになる。周りの支援で復活。「自分のようにしんどい思いを子どもたちにさせたくない」と思い、2009年、学生時代にD.Liveを立ち上げる。不登校のときの話しや自尊感情(自己肯定感)に関する講演や研修をおこなう。夢は、「能力や環境に関係なく、全ての子どもが自分の未来に期待出来る社会をつくる」こと。学生時代は、お笑い芸人として漫才をしていた過去をもつ。